実践的に考える職場と労働法/労災保険制度の歴史と仕組み

実践的に考える職場と労働法 連載・職場と労働法

実践的に考える職場と労働法

故意・過失の有無問わず労災の補償

労災保険制度の歴史と仕組み

 かつて労働災害の補償は、労働者や遺族の側に、使用者に過失があったこと、さらには使用者の過失と災害との間に因果関係があることの立証が要求されました。大変な手間と費用などが必要でした。しかも労働者側に過失があれば過失相殺によって賠償額は減額されました。
 労働災害をめぐる長い苦闘の末、〈そもそも労働災害は企業の営利活動に伴う現象であり、企業活動によって利益を得ている使用者に当然に損害の賠償を負わせて労働者を保護しなければならない〉との考えが社会的に形成され、やがて法律として労災補償が制度化されました(法律は労基法と同じく1947年)。
 こうして、雇用に起因して生じた事故による負傷や疾病、障害や死亡、職業病などについて、使用者は、故意・過失の有無を問わず労災補償を労働者になすべきこととなったのです。
 労災保険は、使用者の加入が強制的に義務づけられている政府運営の保険制度で、被災労働者に対する使用者の補償責任を保険料(と一部国庫)を財源として補填します。
 労働者を一人でも使用している事業主は原則として強制加入。現在では小規模な個人経営の農林水産業を除く全事業が強制適用事業となっています。保険料全額を事業主が支払い、その事業所で働く労働者の賃金総額に保険料率を掛けて算出します。
 保険関係は、届出とは関係なく、事業が開始された日に法律上当然に成立します。事業主は10日以内に届出を出す義務がありますが、仮に未届けで保険料を収めていない事業所での労災でも労働者への保険給付は行われます。この場合、事業主は保険料を追加徴収され、故意や重大過失の場合には保険給付に要した費用も徴収されます。

労災認定

 業務災害の認定に必要な条件として、「業務遂行性」と「業務起因性」が挙げられます。簡単にいうと、その業務に従事していれば、ほかの人でも同様の災害が生じる可能性があった場合は、おそらく労災に該当すると思います。
 そもそも「業務遂行性」「業務起因性」は、法律による根拠がない厚生労働省独自の基準です。労災認定の枠を限定しようとする傾向に多くの労働者や遺族が苦闘してきた歴史でもあります。
 近年は、脳・心臓疾患の業務災害に関する判断については厚生労働省の判断基準にとらわれず労働者に比較的有利な判断をするケース、精神障害による自殺について労働基準監督署長の業務外認定を覆す裁判例も増えています。
 石綿による疾病の業務上認定についても長く放置されてきましたが、21世紀に入ってから健康被害の拡大と長期進行性が社会問題化し、石綿健康被害救済法が制定され、医療費や療養手当の支給、労災保険上の遺族補償給付に準じた特別遺族給付などが行われるようになりました。
 業務中、トイレに行く途中で転んで骨折した場合なども業務災害となります。出張中の業務災害も広く認められます。自然現象による災害も、職場に定型的に伴う危険であれば業務起因性があります。阪神大震災や東日本大震災による災害も多くが業務上の認定を受けています。

保険給付

①療養補償給付:診察、薬材・治療材料の支給、処置・手術、入院など

②休業保障給付:療養のための休業の4日目から支給。1日につき給付基礎日額の6割。これに加え2割の休業特別支給金で計8割を補償

③障害補償給付:治癒後に障害が残ったとき、その障害の程度に応じて年金や一時金

④遺族補償給付:原則的には年金、例外で一時金
 その他、葬祭料や介護補償給付などがあります。通勤災害については、療養について200円の一部負担金があるほかは業務上災害と同じ内容の保険給付です。

労災隠し

 建設現場は重層的な請負関係が大半なので建設現場を一つの事業単位とみて元請が一括して保険関係の適用を行うことになっています。下請B社や孫請C社の労働者がケガをした場合でも、元請A社の労災保険を使って保険給付が行われます。
 ところで、労災保険には労災事故が少ないと保険料が安くなり、事故が多いと保険料が高くなる〝メリット制〟という仕組みがあります。建設業は保険料率も高いので大規模な建設現場になるほど保険料の額が大きくなり、メリット制の影響も拡大します。
 このため、元請企業の圧力や下請の自主規制で「治療費はすべて面倒みるから健康保険で治療してくれない?」という「労災隠し」が起きるわけです。こうなると労災原因も究明されず、ケガが悪化した場合の補償もなされません。〝ケガと弁当は自分持ち〟の悪弊は昔の話ではありません。

ちば合同労組ニュース 第80号 2017年3月1日発行より