自宅謹慎処分は最も軽微なものにとどめ、定年まで働くことを約束させることができました

Dさんが働く大手メーカーT社では、2008年のリーマンショックの頃から大規模なリストラを進めてきました。

Dさんは早期希望退職などの誘いを受けましたが、定年まで働き続けたいとの希望を会社に伝えてきました。

Dさんは子会社に出向となり、長年従事してきた業務はまったく関係のない資料整理を毎日させられました。Dさんは体調も崩し、無意味な仕事に意見具申したところ会社から懲戒会処分として自宅謹慎を命じられました。

ちば合同労組に相談し、打ち合わせの上で会社と交渉したところ、処分については最も軽微なものにとどめ、定年まで働くことを約束させることができました。

(労働相談スタッフE)

介護労働の現場から〈07〉将来性のある職場

介護労働の現場から〈07〉
2013年11月7日
将来性のある職場

「辞めてやる」と思ったが、泣いてばかりいた利用者の赤城さんが最近いい顔で笑うようになったことや、ガンで余命3か月の井村さんがか細い命の灯を点しながら、私の料理だけは頑張って食べてくれることなどを思うと、辞める覚悟で、職場の労働環境を変えようと思った。就職して2か月足らずだが、わずか7名の職場、みんなでどうにかできるはずだ。
その頃、以前のコールセンターの同僚で、希望退職ののち介護職に就いた40~50代の2人から次々と連絡が入り、介護の仕事を辞めるというので、3人で集まって食事をした。1人は老人保健施設、もう1人は特別養護老人ホームで介護職についている。大きな施設は設備や人員も整っているだろうし、正社員なので労働条件、福利厚生もいいのではと思っていたが、どこも共通した問題があり、話は盛り上がった。

勤務は1か月単位の変動労働制の24時間4交代制。始業30分前までには出社しろと言われ、タイムカード打刻は一仕事した後、終業時も打刻をしてから毎日サービス残業をやる慣例。「誰もおかしいと思わないのよね」。
以前のコールセンターは、始業や終業時刻が来ると、通話途中でも一斉交代し、出入口のタイムカードの設置場所まで1分とかからなかった。「それが当たり前だと思っていたよね」。
そして、初めての給与明細をみたら、手取り14万円足らず…。「やってられないわぁ。この1か月、新人なので体調だけは壊さないように、寄り道しないで帰って、家では食べて寝るだけ。その対価がわずか14万円。家賃や光熱費引き落とされて、5万しか残らない。」と二人は口ぐちに言う。

「あはは…、だまされたわね。ハローワークに。ハロワは中高年の女は介護職に誘導するでしょ。私なんか、もう一度コールセンター希望してたのよ。それが、門前払いで紹介すらしてくれない。『コールセンターはいつ潰れるかわからない。介護は将来性があり、ずっと働けますよ』」。
「うそだ。私なんかもう腰痛で、整体に通ってるよ。なにが将来性、使い捨てじゃないの」
「入浴係になると、職員2人で浴室にこもって、午前20人、午後10人、パパッと服をひん剥いてずらっと並ばせて、ここはナチスの収容所か…。途中でわめいて抵抗する人にはシャワーぶっかけておしまい。こっちもTシャツに半パンでばっちり腰痛ベルトして、汗がどんどん出るからタオル鉢巻き。黙々と洗い、シャワーで流して、バスタオルをかけて着服係に渡す。」

「すごい効率主義よね。新人はとにかく動いていないと叱られる。ナースコールのPHS持たされて、廊下は走って、トイレ介助は5分以内。一斉のおむつ替えは1人1分。『いつまでかかってるの』と言われると、自分のトイレもがまんして、休憩時間が来てもだれも休憩室に行かない。」
まだまだ続きます。
(あらかん)
(ちば合同労組ニュース39号から)

本当は解雇なのに自己都合退社とされました(IT関係)

私は正社員で入社しましたが、試用期間を3カ月から半年に延長され、半年で会社都合なのに自己都合ということで「解雇」されました。
半年働いていたのですが手続きの関係で雇用保険の支払い期間が半月足りなく、雇用保険の受給資格がない状態でした。
しかも、本当は会社都合なのに解雇予告手当もなく、離職票の送付も退職しても2カ月以上送ってこない状態でした。

私は、ちば合同労働組合に相談して企業側には、
①離職票の早期送付
②雇用保険の6カ月加入の修正
③解雇予告手当の支給
以上の3点をお願いしました。

組合に団体交渉に同席してもらった結果、私が要求した3点の要求がとおりました。このままでは生活が成り立たなくなりそうでしたが、組合に相談したところなんとか生活の目処が立ちました。
本当にありがとうございます

(IT関係・Tさん)

ゼネコン下請けの建築関係の会社で働いていました

私は、ゼネコンの下請けをしている建築関係の会社で働いていました。

ところが会社は、建築不況を理由にゼネコンから仕事をもらえないと「次の仕事が見つかるまで、無給で休め」と言ってきました。

私は、ちば合同労働組合に加入して団体交渉で「休職中の収入を補償する」ことを申し入れました。

会社側ははじめ「(私は)請負だから補償する必要はない」と言っていましたが、雇用契約書を見せられて補償することを認めました。ところが、今度は突然「解雇通告」をだしてきました。「働きが悪い」という理由です。

本当のところは、「組合に入ってうるさいことを言う奴はくびだ」ということだと思います。そこで解雇撤回の団体交渉にきりかえて交渉しました。社前や周辺でチラシを配って訴えました。
結果、会社は解雇は撤回しました。しかし、「中小零細企業なので、このままでは会社が潰れてしまう。会社都合の退職で合意してほしい」と言ってきました。これ以上交渉しても良い結果はでないと思い、十分な退職金をもらうことで合意書を取り交わして終結させました。

(建設会社・Mさん)

職場復帰をかちとり、原職の霊柩車の運転の仕事に戻りました

私は、自治体が運営する火葬場の霊柩車の運転手です。

今から3年前、「労働組合をやめるまで仕事をさせない」と言われて一切の業務から排除されました。その後3年近く机に一日中座っているだけの状態にさせられました。さらに「勤務時間中にビラを配布した」ことを理由に停職1月の懲戒処分が発令されました。
私の働く火葬場では民営化の動きが強まっており、民営化反対の声が上がることを恐れて労働組合員の私を排除しようとしたのです。私の机の前にはホワイトボードが設置され、周囲から隔離されました。回覧板は回ってこず業務の情報の一切から排除され、書類のシュレッダーかけや訂正用シール貼りしかさせてもらえませんでした。最近の話題の「追い出し部屋」そのものです。

労働組合として団体交渉と裁判を通して2012年10月、ついに職場復帰をかちとり、原職の霊柩車の運転の仕事に戻りました。「停職処分の撤回」「仕事はずしの精神的苦痛への損害賠償」を求めた2つの裁判では慰謝料支払いも命じさせました。
裁判などを通して、自治体側の不当性が明らかになり、市役所の中からも疑問の声が上がり、追い詰めていきました。

自治体業務の民営化は、非正規雇用への置き換えや安全の後退などをもたらします。もとの業務に復帰することで民営化にストップをかけ職場を守るという姿勢を崩さずにがんばったことが勝利のポイントだと思っています。

管理職からの陰湿なパワハラや本来の仕事がさせてもらえない3年間の「追い出し部屋」は本当につらいものでしたが、最後は職場の仲間と組合の力で勝利が決まったと思っています。

 (自治体職場・Wさん)

ちば合同労組とは

ちば合同労組の考え方です。

労働者のための労働者の自主的な団体

労働組合は、労働条件の維持改善をおもな目的としてつくられた、労働者による、労働者のための、労働者の自主的な団体です。

職種や雇用形態に関係なく加入できる組合

ち ば合同労働組合は、職種や産業などの働き先の違いや、正規・非正規などの雇用形態には関係なく、働く人なら誰でも個人で加入できる 労働組合です。不当な解雇や残業代の未払い、不安定雇用や偽装請負、安全問題など、職場の問題を解決し、働く者の権利や誇りを守るために職場に労働組合を つくります。

地域を団結の場に

ちば合同労働組合は、いわゆる企業内労働組合とは違って、企業の中だけではなく地域を団結の場として組織された地区労型の合同労働組合です。企業の枠を超えて、どんな職場にも労働組合をつくることができる地域一般合同労働組合です。

団体交渉やストライキも

労 働基準監督署や労働局は、法律違反の摘発・取り締まりを行う行政機関なので、個々の労働問題への直接的な対応は弱い面もあります。 労働組合に加入すれば、会社に団体交渉を申し入れ、交渉によって(ときには抗議行動やストライキによって)、解雇や残業代未払いなどの労働問題の解決を図 ることもできます。

代行することはできません

ただ、労働組合は、弁護士のように、あなたに代わって労働問題の交渉を引 き受けるところではありません。労働組合は、労働者による、 労働者のための、労働者の自主的な団体です。問題に取り組むのは、あなた自身です。ちば合同労働組合があなたに代行してすべてを行うことはできません。
労働者自身が考え、行動することによって、職場の労働問題は初めて真に解決する道が開けます。あなた自身の問題に立ち向かう気持ちと労働組合の力が相乗効果を起こすことが問題を解決する力になります。 職場に団結と労働組合を

ちば合同労働組合は、企業内労働組合とは違って、どんな職場にも労働組合をつくることができる地
域一般合同労働組合です。職場全体に かかわる問題については、職場で多数派を形成し、労働組合(支部・分会)の結成に結びつけ、労働者の団結の力によって大きな力を生み出していきます。

介護労働の現場から〈06〉昼飯ぬき、サービス残業当たり前

介護労働の現場から〈06〉
2013年10月06日

昼飯ぬき、サービス残業当たり前

「民家型お泊りデイサービス」は、経営者によると、利用者6名が介護報酬での採算ぎりぎりライン、利用者の介護度によるが、小規模施設では7名以上いないと経営者にとって儲けはないと一般的にはいわれているようだ。
しかも、一時預かりの「難民キャンプ」でコンスタントに7名以上の利用者を確保することは難しい。家庭で問題行動のあったお年寄りが「難民キャンプ」で態度が落ち着くと、ケアマネジャーは特別養護老人ホームなどの大きな施設に移してしまう。

そして、その代わりにまた介護困難な年寄りを斡旋してくるのだが、それまでに空きがでるので、利用者がわずか3名という数日もある。そういう稼働率の悪い時期も見越してか、スタッフは最低限。(これでも、10名以下の利用者につき介護職員1名という国の人員配置基準は十分クリアしている)。
当然、休憩は取れない。先輩(おばヘルの社員で私より年下だ)から、「今日は昼休憩なしなので、利用者さんの食事介助をしながら適当に食べてて」と言われる。パートが休憩時間働いても時給はくれない。なんということだ。支払われない労働をするか、それとも労働放棄=利用者はどうなっても知らないよ! をするか…判断するまでもない。

自力で食べることのできない2人の利用者の間に座り、親鳥が幼鳥に給餌するように交互にスプーンで食事を左右の利用者の口に入れる。それをごっくん飲み込んでくれる間に、自分の昼食であるパンをかじる。利用者がむせ込んだり、トイレ介助などが入れば、たちまちパンすらもかじってられない状態になる。結局、休憩なしどころか昼飯もぬき! かよ。

私は未経験で入ったので、介護の仕事を教えてもらわなければならない。休憩なしやサービス残業当然という労働形態も「見習う」こととして押し付けられる。

先輩によると、介護の仕事は、始業時間が他のシフトとの引き継ぎ時刻、それまでに来て、準備をしたり、介護記録ファイルを読めと言われる。そして終業時刻がきてから引き継ぎをする。そのあと、残した仕事や記録書きをやる。

それが1時間かかろうとも残業はつかない。利用者の介助をしているのが「就業時間」で、利用者が絡まないその他の仕事は、就業時間外にただ働きするのが当然とされる。
時給にすれば最低賃金並みか、それ以下。やっぱこの業界はブラックだ。やめてやる。
(あらかん)
(ちば合同労組ニュース38号から)

ホームページをリニューアル

ホームページをリニューアルしました。

2013年9月、組合事務所を千葉市内の駅前に移転しました。

組合活動や労働相談への取り組み活動の充実を推進しています。

その一環で組合ホームページを一新、リニューアルいたしました。

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組合に入りましょう、職場に労働組合をつくり仲間と団結して労働問題を解決しましょう!

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介護労働の現場から〈05〉介護は奉仕?

介護労働の現場から〈05〉
2013年08月01日

介護は奉仕?

「入居者2名につき1名の手厚い介護」というよくある宣伝文句は、月あたりの総時間数(昼間)を従業員数で割ったものを指す。しかしパートも1名として換算し、実際は24時間介護なので、実態とは大きく乖離する。いつも利用者2名の傍に1名のヘルパーが就いているという意味ではない。
介護の現場は、スタッフがお互いをカバーしながら常に気を抜けない緊張を強いられる。転倒による骨折(寝たきりになる可能性大)、誤飲や嘔吐による窒息、風呂で溺死、脳出血や心筋梗塞の発見の遅れ、褥瘡、脱水、栄養失調……等、仕事のあいだ中ずっと気を張り詰めた状態が続く。肉体的にも、身体が動かないお年寄りを支える入浴や排せつ介助、トランス(ベッド、車いす、椅子への移乗)などで、体力を使い切る。

そういった緊張が続く仕事はめずらしくもないかもしれない。

しかし、高齢者介護は、コミュニケーションがとりにくい人間を受容し、命と暮らし全般をサポートしていかなければならないという、そのミッションに労働者自身が苦しむ。
お年寄りには一切責任がない。彼らにとっては、自分の了解なしに、あるいは認知症で判断不可能なまま、突然放り込まれた場所で、周りは知らない他人ばかり。おとなしく座って、黙って食事をして、言われるとおりに排せつ、入浴してなんて無理でしょ。
例えば、血相変えて怒る、泣き叫ぶ、物をこわす、衣服を脱ぐ、?みつく、便を投げつける…。一人が始めると、他の利用者に伝染する。
「人殺しぃ!」「死ねぇ」「警察に言うぞぉ」「誘拐した。金目的か」「性悪おんな」…などの言葉の暴力が私に投げつけられる。

そんなこと、これまで60年の生涯で一度も言われたことがない、最初はガーンとショックを受けた。それでも、何事もなかったように利用者に接し続けるのは高齢者を支えるという使命感からだ。
介護という仕事はそんな仕事だ。「うるさい! クソばばあ」「精神病院へ行け」「世話してもらっている立場でよくそんなこと言うね」なんてね……心の中でも口に出せない。精神的なストレスが内に溜っていく。
ところが、この施設のトップである27歳の管理者は、さすが体育会系で、この手の扱いには慣れていた。利用者にタメ口をきき、「メシ食わないと、もうやらねえぞ…なんちゃってね」。こんな介護のNGも、それで、利用者がニコニコしながら食べてくれ、こちらのストレスが少しでも発散できればいいのではないかと思った。

介護職経験者は中高年の女性が多い。いわゆる「おばヘル(おばさんヘルパー)」で、ヘルパー2級の講師も全員おばヘル出身者だった。偏見を承知で言えば、彼女たちは介護=奉仕の考えがこびりつき、労働者として介護の困難をどう切り開いていくかという発想が欠落している。

(あらかん)
(ちば合同労組ニュース37号から)

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