実践的に考える職場と労働法/いわゆる「年収の壁」問題

連載・職場と労働法

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いわゆる「年収の壁」問題

「106万円」「130万円」で半数が就業調整

 いわゆる「年収の壁」が人手不足への対応として話題となっている。
 物価高騰が続き、賃上げが喫緊の課題となっている。まったく不十分だが最低賃金も引き上げられた。ところが時給がアップしても「年収の壁」を超えないように労働時間を調整(減らす)労働者は少なくない。
 厚生労働省の2021年の調査では、配偶者がいるパートタイムで働く女性労働者のうち、21・8%の人が「就業調整」をしていると回答している。「一定の年収を超えると配偶者の健康保険、厚生年金保険の被扶養者からはずれ、自分で加入しなければならなくなるから」の回答者は57・3%、「一定の労働時間を超えると雇用保険、健康保険、厚生年金保険の保険料を払わなければならないから」は21・4%となっている。  〈多くの業種で人手不足の状況なのに賃金の引き上げで逆に働き手が減る悪循環が生じている〉などと指摘されている。このため政府は今年10月から「年収の壁・支援パッケージ」を開始したのだ。

「税金の壁」

 年収の壁には「税金」と「社会保険」の2つの壁ある。
 年収が103万円を超えると超えた額に対して所得税がかかる。超えた分に対する課税なので社会保険と比べると影響は小さい。150万円を超えると配偶者の税金控除にも影響する。
 これに連動して、配偶者の年収が103万円以下の場合に配偶者手当を支給するとの規定を持つ企業も多い。配偶者の年収が103万円を超えると配偶者手当が支給させなくなり、世帯収入が減少するケースもある。

「社会保険の壁」

 他方、社会保険に関しては、近年、短時間労働者に対する適用範囲が拡大し、従業員101人以上の企業で週20時間以上働き、年収106万円を超すと厚生年金などに加入することになり、扶養から外れて保険料を負担しなければならない。
 ここで「扶養」について説明すると、厚生年金や健康保険などの被保険者(労働者)に扶養されている配偶者(20~60歳)は年金や健康保険の保険料を納付する必要はない。これを「第3号被保険者」と言い、保険料は配偶者が加入する厚生年金や共済組合が負担するので個別に納付する必要ない。
 「専業主婦は年金のタダ乗り」との言説があるがこれは誤解や嘘である。若干分かりにくい説明だと思うが、例えば夫婦それぞれが20万円ずつ賃金を得ている世帯と、夫か妻の1人で40万円の賃金を得ている世帯の場合、世帯単位でみれば保険料も給付水準も同額となる。
 もともと年金は世帯単位で設計された経緯がある。これを基礎年金部分については夫婦それぞれに振り分けるのが「第3号被保険者制度」なのだ。共働きが多数派になったことなどを理由に第3号被保険者制度廃止論が強まっているがあまりに乱暴な議論だ。
 いずれにせよこの扶養の限度額が130万円で、これを超えると保険料や税金で20万円以上の負担増になる。
 ただ保険料を支払うことで障害・老齢厚生年金を受給でき、労災以外の病気やケガの際にも健康保険から傷病手当金が支給されるなど社会保障の権利が生じる。保険料の半分は会社負担する。
 だが少なからず「働き損」と受け止める人もいる。「扶養から外れないように毎月8万8000円を超えないように注意している」の声はこれを指す。

政府の〝対応策〟

 そこで政府が〝対応策〟として、新たに厚生年金・健康保険に加入するパート労働者ついて保険料の本人負担分を穴埋めし手取りが減らないようにする「年収の壁・支援強化パッケージ」をスタートさせた。「社会保険適用促進手当」を支給する企業に対して1人あたり最大50万円のキャリアアップ助成金を出す。
 財源は企業側だけが負担する雇用保険料で、今年10月から2025年度末までの暫定的な措置となる。
 厚生労働省のモデル試算によると、時給1016円で週20時間働き年収106万円の労働者は、社会保険料の本人負担分約16万円が天引きされ手取り90万円となる。手取り減額分を補填するため企業が手当16万円を支給した場合、企業には20万円の助成金が支払われる(会社負担分が同額16万円あるので計32万円のうち20万円を助成する制度)。
 年収が130円を超えると扶養から外れて社会保険料が必要となるが、この場合、企業が繁忙や人手不足による時間延長に伴う一時的な収入変動であることを示す証明書を発行すれば、引き続き扶養から外れないようになる。ただし、これはあくまで「一時的な事情」としての認定で連続2回が上限となる。

 ちば合同労組ニュース 第160号 2023年11月1日発行より