戦争は工場から始まる。日産工場でドローン製造

追浜工場

 日産自動車・追浜工場(神奈川県横須賀市)をめぐり、ロイター通信は6月25日、米国の新興防衛企業アンドゥリル・インダストリーズが、同工場の取得に向けて協議していると報じた。その目的は、軍事用ドローン(無人機)の生産拠点への転換。

日産自動車の母工場

 日産は経営再建の一環として、国内外の工場へ生産技術やノウハウを発信するマザー工場である追浜工場を閉鎖する方針を決めている。アンドゥリル社は日産労働者をドローン製造要員として再雇用する意向も示している。

 現時点では正式決定ではないが、戦後日本を代表する自動車工場が軍需工場となる衝撃的な転換となる。千葉県で言えば、小学生時代に社会見学に行った君津市の巨大製鉄所が軍需工場へと変わるレベルの衝撃だ。

 背景に日本政府が進める防衛政策の大転換がある。ウクライナ戦争以降、政府は数千機規模のドローン配備を計画する。軍事費の対GDP比2%への引き上げなど軍拡路線に対応しアンドゥリル社は日本市場への参入を本格化させている。「純日本産ドローン」の開発・生産を目指す国内企業との連携を進める。

 これは世界的な「民生産業の軍需化」という新たな潮流の一環でもある。現在、自動車産業はEV化の進展や国際競争の激化により、過剰設備と収益悪化という構造転換に直面。他方、急速に拡大する防衛産業は、大量生産能力を貪欲に求めている。実際に米国では自動車大手GMがアンドゥリル社と提携し、欧州でも自動車・重工業企業が防衛分野への参入を進める。

横須賀・横浜・川崎

 神奈川県・東京都南部・千葉県北西部にかけての臨海地域は、戦時中、軍需工場や航空施設、補給基地がひしめき合っていた。しかし敗戦を経て、高度経済成長を支える工業地帯へと姿を変えた。

 横須賀地域は、艦船建造や兵器製造の中枢だった旧海軍工廠があり、戦後、一部は米軍基地として接収されつつも、周辺の施設は民間の造船・修理業、そして学校や公園へと再編された。

 川崎臨海部は戦前から重化学工業が盛んだったが、日本を代表する京浜工業地帯の礎となった。海軍の航空関連施設が置かれていた横浜市瀬谷周辺は、米軍からの返還を経て、広大な住宅地や物流拠点へと生まれ変わった。

 無批判に評価する気はないが、追浜工場も「軍需から民需へ」の歴史のシンボルともいえる。戦前、「海軍航空技術廠」などの軍事関連施設や飛行場があり、最先端の軍事航空技術が集積していた。戦後、その跡地が自動車工場へと転換され、世界に誇る大衆車やEVを生み出す拠点となった。そうした土地が「軍事用ドローンの生産」のために買収される。歴史的な考察が必要な話ではある。

 この葛藤は、決して日産・追浜工場の労働者だけの問題ではない。自動車、電機、AI、IT関連など、いまやあらゆる民生技術が「防衛・デュアルユース(軍民両用技術)」の名のもとに、急速に軍事領域へと引き込まれている。

ちば合同労組ニュース 第193号 2026年8月1日発行より

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