書評『未明の砦』太田愛著

非正規労働者の組合結成の物語
主人公は4人の非正規雇用の青年。互いに名前くらいしか知らなかった彼らが労働組合を結成し、大手自動車メーカー「ユシマ」に挑む物語。しかし4人は警視庁組織犯罪対策部に追われる身となる。
物語の冒頭はクライムサスペンス的で、緊迫した状況、多くの謎…物語に引き込まれる展開。長編だが全体を通してサスペンスとしての面白さもあり、4人の青年たちが信頼を深め合う過程はグッとくるものがある。この点だけでもお薦めできる。

非正規の現実
ユシマは地域を丸ごと抱え込む大企業。その中で、正規・非正規の分断と厳しい労務支配が行われている。
職場では極限まで作業効率が突き詰められ、ベルトコンベアのスピードに追いつくためには一瞬の遅れも許されない。休憩時間には水分を補給し、少しでも体を休めるだけで精一杯。激しい労働に耐えるために、休日に何かするような気力も体力も残らない。
職場では死者が相次ぐが、専制的な力を持つ巨大企業は労基署にまで手を回し、一件の労災認定も許さない。まさに現代の非正規労働者が置かれた現実が象徴的に描かれている。
労働組合を結成
そんな中で4人は夏期休暇、職場の正社員の先輩から田舎の自宅へ招かれる。彼らは同じ非正規でも、派遣と期間工という形で分断され、いがみ合う関係なのだ。だが、ともに休暇を過ごすことで、衝突しながらも互いを理解しあっていく。
〈自分たちの職場は何かおかしい〉〈ユシマは自分たちを騙しているんじゃないか〉〈自分たちがいがみ合うことで、ユシマはほくそ笑んでいるのではないか〉——問題意識が芽生えた4人は思い思いに「学び」を深めていく。
ここで学ぶ内容は、職場に直接関わるものだけでなく、海外の歴史にも目を向け、視野が広い。労働運動に関わっている人でも勉強になるほどの仕上がり。
4人は労働組合の結成に踏み出す。4人の闘いはユシマ社長の逆鱗に触れる。公安警察はユシマのために労組つぶしに動き出す。
大企業と政治家、そして公安警察との癒着。政治家たちの腐った姿。権力者の都合でいかに「罪」がでっち上げられていくか。マスコミの報道がいかに罪なき人を「犯罪者」に仕立てていくか。この辺りの展開は非常にリアル。
感動的ラスト
本書は第26回大藪春彦賞受賞作。著者は「相棒」「TRICK2」などの刑事ドラマやサスペンスドラマの脚本を手掛け、後に小説家デビュー。13年の第2作では日本推理作家協会賞候補になる。
4人が組合を立ち上げる際には、合同労組が登場する。今の社会に合同労組があることの大きな意義を感じる。
相談員の國木田は4人に出会った当初、非常に不機嫌。この辺りの「いら立ち」は合同労組運動に挑戦すれば必ず直面する課題だろう。
著者の経歴からは労働運動への関わりは見えてこないが、「実際に労働組合を立ち上げたことがあるのか」と思える内容。かなり取材したのだと感じさせる。
ラストは感動的。とくに労働組合の組織化に挑戦したことがある人なら、彼らの思いに共感できるのではと思う。「勝ちたいのなら、まず闘う場所に立つことだ」——帯のセリフもぜひ本編で味わってほしい。(投稿K)
ちば合同労組ニュース 第183号 2025年10月1日発行より
