組合ニュースNo.48(2014/07/02)より

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組合ニュースNo.48(2014/07/02)より

すき家スト後 早朝ビラ実施中!

5月29日のすき家ストライキ以後、船橋工場の最寄り駅で毎週の早朝ビラ配りを実施しています。朝早くで大変ですが、食品コンビナートに出勤する労働者にあいさつしながらビラを配っています。
すき家ストは、働く者の声が実際に社会を動かすことを示しました。ブラック企業で知られるワタミは、社員に配布している「理念集」にある「365日24時間死ぬまで働け」という表現を改め、従業員数を増やしました。
ちば合同労組は、食品コンピナート各工場に企業の壁を越えた労働者の団結と組織をつくろうと訴えています。組合員のみなさん、ぜひご参加を!

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(紹介)すき家チラシ
誰でも入れる組合を

千葉県内のすき家で働くみなさん。食品コンビナートで働くみなさん。
すき家ストライキは、働く者の声が実際に社会を動かすことを示しました。直後、ブラック企業で知られるワタミは、社員に配布している「理念集」にある「365日24時間死ぬまで働け」という表現を改め、従業員数を増やしました。同じくユニクロも、アルバイト・パート従業員を地域正社員として採用し、人件費を1・2倍にするとのことです。
こうした措置には問題があることも事実です。しかし、労働条件の改善に着手せざるをえない状況に追い込んだこともまた事実です。
誰でも入れる労働組合を
ちば合同労組は「誰でも入れる地域の労働組合」を目指しています。いま労働者をめぐる状況は厳しく、競争関係に陥っています。だからこそ「労働者の居場所」「労働者の絆」「労働者のコミュニティー」として労働組合を復権させたいのです。
百年以上前の話ですが、イギリスで誰でも入れる労働組合(一般労働組合)が生まれるまで、当時の労働組合の加入資格は熟練工に限られ、大半の労働者は労働組合の枠外に放置されていました。
その典型が港湾労働者でした。百人の応募者の中からその日に仕事をさせる10人をピックアップ。どうやって選ぶのか。ケンカで勝ち残った10人を採用するのです。これは本当の話です。
これに対して「このままでいいのか」「誰でも入れる労働組合を」を合言葉に大規模なストライキが決行され、あらゆる産業の労働者に門戸を開いた労働組合が誕生したのです。
港湾労働者やトラック労働者、化学産業やサービス産業、商店やレストラン……あらゆる産業・職場に組合員がいる組合です。ブティックで解雇があれば、作業着を着たおじさんたちがおしゃれな店に抗議に押しかけ、仰天した店主に解雇を撤回させるのです。
ちば合同労組は、誰でも入れる地域の労働組合です。労働組合は、労働条件の維持改善のためにつくられた、労働者による、労働者のための、労働者の自主的な団体です。一緒に職場に労働組合をつくりましょう。(14年6月23日発行)
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6・8集会に1600人

諸町委員長 すき家スト報告

東京・文京シビックホールで6月8日、国鉄分割・民営化による国鉄労働者1047名の解雇撤回などを求める全国集会が開催されました。約1600人が集まりました。
この集会は、2010年に国鉄1047名解雇をめぐる政治解決の動きの中で「国鉄闘争の火を消すな」の呼びかけでスタートしました。1047名解雇は国家的不当労働行為であり、政府の謝罪も解雇撤回もない「解決」では今後の闘いはないとの思いで始まりました。
国鉄分割・民営化反対を結集軸に新自由主義に対抗する労働運動の形成をめざした運動として4年間、奮闘を続けてきました。
1047名解雇をめぐる裁判では、動労千葉鉄建公団訴訟において「不記載基準は不当労働行為」の判決を一審と二審でかちとりました。〈解雇は不当〉の判決は画期的な前進です。
集会には、昨年末に23日間の鉄道民営化反対ストを貫徹した韓国鉄道労組の代表も参加し、福島第1原発事故で運休していた福島県内の常磐線のうち広野―竜田(楢葉町)間の運転再開に反対してストライキを実施した動労水戸などが発言しました。
ちば合同労組はすき家ストライキを決行した諸町委員長が次のように発言しました。
「私たちは5月29日、すき家の工場で指名ストライキを決行して闘いました」
「すき家の労働者はワンオペと呼ばれる過酷な労働条件の下で、大量の職場離脱、ストの呼びかけなど闘いを展開しています」
「その闘いに私たちはかろうじて合流することができました。闘いはこれからです」

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集団的自衛権の行使容認 閣議決定で思ったこと

(投稿)組合員T

安倍内閣が7月1日、集団的自衛権の行使容認の解釈改憲を閣議決定した。
折しも6月28日は、第1次大戦勃発から100年。教科書的に解説すれば、サラエボ事件で勃発したオーストリアとセルビアの戦争に諸列強が同盟関係を理由に参戦し、犠牲者1500万人という未曽有の戦争が引き起こされた。ようは英仏露伊日米の列強が集団的自衛権を行使して参戦。とんでもない犠牲者が出た戦争となったのだ。
第1次大戦後、パリ不戦条約や国際連盟などで建前とはいえ戦争が非合法化され、侵略戦争も否定された。なにしろ数十年前のナポレオンや普仏戦争と比較すると百何十倍の犠牲者が出る戦争だったので公然と「戦争は国家の権利」などと主張できる者はいなかったのだ。
第2次大戦に向かう歴史の中で唱えられたのが「自衛戦争」だった。ナチス・ドイツは〈ドイツ民族の生存圏〉を主張し戦争を開始した。日本も「自衛」の名に中国東北地方(満州)を侵略し、中国と戦争をはじめ、米国に宣戦布告するに至った。
安倍は集団的自衛権の行使を正当化するために「積極的平和主義」を掲げている。本当に最悪の論理だ。歴史から何も学ばない。
〈戦争反対〉はやはり私の原点の一つだ。両親・祖父母らはみんな、あの戦争で大変な目にあった。
父の一家は開拓団員として満州にいた。開拓団が中国人から農地を奪った侵略者だったことは今回は省略するが、戦争の最終局面において関東軍はソ連軍を前に逃亡し、放置された開拓団員は恐怖と飢えと疲労の中で逃げ惑い多くが死んだ。足手まといと捨てられた子どもも大勢いた。父と祖母は日本に引き揚げたが祖父は収容所で死んだ。
安倍首相の「国民の命と平和な暮らしを守るため(に集団的自衛権を行使して戦争を行う)」という主張を私は絶対に信じることはできない。
問題はまだ始まったばかり。「労働組合が強くなければ戦争反対も力にならない」もその通り。でもそれで良しという気持ちにもならない。
日本やアジアの人びとはあの戦争の記憶は失っていないし、03年のイラク戦争でも多くのことを考えた。
戦争になって銃を握るのは労働者(自衛官は兄弟や友人、私自身)、後方支援も労働者、空爆の下にいるのも労働者とその家族。戦争を始めたものはそのどちらにもいない。
ここですべてを語ることはできないし、思いの大半はまだ直感だ。でもやはり〈戦争反対〉は自分の人生にとって大きなテーマだ。ちゃんと考え、行動に移そう。

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労働学校実践編

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東ゼン労組から学んだこと

職場に団結をつくる一番のロードモデル

「私たちのポリシーは、合同労組にありがちな〝ひとりでも入れる労働組合〟を標榜しないことです」「もちろん個人加盟の組合員もいますが、あくまでも『職場の団結』『職場の組織化』こそ労働組合が優先すべきことです」
全国一般東京ゼネラルユニオン(東ゼン労組)の委員長・奧貫妃文さんはこう口火を切った。最初はビックリしたが、講演を聴くにつれ、「結成から5年間にわたるさまざまな労苦の末にたどり着いた結論なのだ」ということが伝わってきた。
東ゼン労組の組合員数は180名を越える。組合員の国籍は24カ国にわたり、語学学校やALT(外国語指導助士)、銀行などの職種で構成されている。実に多種多彩な労働組合だ。
しかし、着実に組織拡大をしている。組合の加入の説明から、組合結成の話、団体交渉のやり方、……一つひとつが教訓に充ち満ちている。
「〝自分一人のためだけではなく、仲間のために活動する〟これが労働組合の醍醐味であるし、これが長期的に組合に定着し、組織化、団結強化につながっている」と奧貫さんは強調する。
もちろん、「駆け込み的な訴え」もあるという。これに対して奧貫さんは「助けるのは組合ではなく、あなた自身の中にその力があるんですよ」「あなたの職場にも同じ境遇の人はいませんか…?」と相談に来た労働者に問い直すと言う。
いわゆる「代行主義」ではなく、その労働者が主体になって職場で闘うところに、時間をかけて促していくことがいま必要なことではないかと感じた。
一方、東ゼン労組の最大の課題は、組合員どうしのコミュニケーションだと言う。英語でやるのか、日本語でやるのかをめぐってとことん話し合いがなされ、毎回の会議は「ケンカの連続」だと言う。そこで起きる誤解や摩擦。これを一人ひとりの意見を尊重し、民主主義的に解決していく。奧貫さんの話しぶりからは、苦労がにじみ出ていた。
東ゼン労組の団結をつくりだしていることの大きなファクターに、外国人労働者のおかれた境遇の過酷さがある。社会 保険の取得が困難な状況、9割が有期雇用ということ…。
安倍政権の掲げる成長戦略の大きな一つに「外国人労働者の活用」が叫ばれている。
一方で、集団的自衛権行使を進める国が他国や日本の労働者を守るどころか「解雇特区」をつくり、残業代ゼロにして「死ぬまで働け」を強制する現在の国政に危機感を訴えた。
外国人労働者が安く雇われれば、日本人の労働者の賃金も低下していく。グローバル人材の育成と言うが、ただ低コストで働かせることにある。資本のグローバル化より強固な国際連帯が重要だ。
講演を聞いて思ったことは、東ゼン労組の闘いは、非常にオーソドックスだということ。ストライキや抗議行動だけではなく、組合費を厳密に徴収することや団体交渉を積み重ねて職場の支配権をとっていく闘いを積み上げている。

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【編集後記】『わたしの労働運動経験記』の連載が終わりました。I組合員に感謝の気持ちでいっぱいです。ニュース編集者としても良い仕事をしたと思っています。Iさんが最後に紹介した『人とし生きるために』は、北海道釧路市にある太平洋炭鉱の労働者が作詞作曲した歌です。1960年の三池闘争の敗北後、利益と効率が最優先になり簡単な炭塵爆発防止策も実施されなくなり、63年に死者458人の戦後最悪の炭鉱事故が発生。66年には太平洋炭鉱でも死亡事故が続きました。死亡者はすべて社外員と呼ばれる下請労働者でした。低賃金ゆえの長時間労働、危険とわかっていても改善要求ができない従属関係。♪地の底から 地の底から… 『人とし生きるために』は、このときの情況を歌ったものです。組合はその後、「同じ坑内に働いていて死んでからも社外員という差別で弔慰金が少ないのでは労働者の結束はない」と弔慰金を炭労と同額にすることを要求しストライキを構えて獲得したそうです。次の連載を企画します。乞うご期待。(S)

▼6月30日、首相官邸前に行きました。閣議決定されようとしている集団的自衛権行使容認に反対の声をあげるために。これで安倍の改憲政策を阻止できるわけではないけれど、それでも声をあげなければ屈伏したと同じになってしまう気がして。安倍の暴挙に対し、ものすごく広範な人たちが怒りや不安を感じ、官邸前にも多くの人たちが反対の声をあげるために集まった。すき家ストライキの時と同じで、潜在的な怒りは満ち満ちている。あの時ストライキに立ったことで、ちば合同労組はこの広範な労働者の声と結び付く端緒を開くことができた。資本主義の矛盾が戦争に転嫁されようとしている今、広範な人たちとちゃんとに結び付く本気さを持たなければ、と痛感した(A)

▼星野集会に行ってきました。いろんな方々の発言がありましたが、暁子さんが「星野を取り戻す闘いは、労働者の解放闘争でもあるし、この社会を変えていく闘いです」と言ってたことが、とても印象的でした。星野さんと暁子さんがつくってきた絆と闘いを、私たちも自分の職場で地域で作っていけるようにがんばりましょう(F)
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夏期合宿 8月31日に変更
夏期合宿は7月20日から8月31日に変更となりました。ご迷惑をおかけし大変申し訳ありません。再度、ご案内を送付いたします。よろしくお願いします。