介護労働の現場から〈14〉自立できる①

介護労働の現場から〈14〉
2014年06月01日
自立できる①

私のひそかな利用者自立大作戦の朝が来た。出勤するとAさんとUさんは、朝食後に興奮を抑制する精神病薬を飲んでいるのでおとなしく席に座っている。
「Aさん、おはようございます」。焦点の定まらない目がこちらを向き、にっこりと「おはよう」。
「Uさん、おはよう」。近寄り手を添えて目を合わせると「おはようさん!」。元気がいい。
朝の申し送りのミーティングで今日の相棒スタッフのWさんに「今日はAさんとUさんには動いてもらおう」。Wさんは私より後に入職したので、私が教育係、先輩風を吹かせる。
今まで攻撃性の認知症のふたりは、他の利用者に迷惑が及ばないように腫物扱い。攻撃性が感じられたら場から離すという方針で来た。おとなしい時に動かすというのは禁じ手なのだ。
Wさんは「大丈夫? わざわざ動かさなくても、いつか勝手に動きすぎるほど動くよ」
「動くエネルギーを解放して、ちゃんと動けるような生活に変えていく。管理者には了解をえているよ」
Wさんは「?」。先輩といっても三か月だけの先輩の言うとおりにして、また利用者に殴られ鼻血をだすことにならなければいいが…。不安そうな表情だ。
「ごめんね、Wさん。まともな生活させてあげたいのよ」。元教職で不登校問題に取り組んできたWさんにしか通じない説得だが「うん、なんか面白いかも?」と応じてくれる。独りの大作戦は二人の共有になった。
座っているAさんの所に行きクイックルワイパーを見せる。「これ知ってる? こうやってゴミ取るんだよ。ほら」。付いたほこりや髪の毛を見せると、目が輝いた。「一緒にやってみようか」。私と二人で廊下を行き来する。
そろそろデイサービスの利用者が到着する時刻なので玄関に向かう。ガラガラと戸が開いてデイの到着。彼女のクラスの生徒たちが登校してきたよ。Aさん、クイックルを振り上げて「おはようございます」。デイの人たちが「あぶないよ」と苦笑い。それを受けてAさんも大笑い。さぁ、みなさん、一日の始まりだよ。
Uさんは便をもてあそぶ癖がある。トイレに行かないでパンツ内排便をし、気持ち悪いのでそれをつかみ、その手を壁や柱、自分の衣類で拭いて、手の便を取り除こうとする。Uさん付近で異臭があると、もう手遅れ。後始末に30分はかかる。他の利用者から「臭いよぉ」「何やってるんだよ」と非難が集中するのでUさんの野獣が復活、スタッフは便をきれいにしなくちゃいけないわ、野獣パニック状態を収拾しなくちゃいけないわ…。だからUさんは「トイレに行こう大作戦」だ。彼女の暴力を鎮めるため夫はしばしばトイレに閉じ込めていた。だからトイレには恐怖感がある。「トイレで排せつしなくてもいい。トイレを好きになってくれ」と心で願いながら、Uさんとトイレに向かう。
(あらかん)
(ちば合同労組ニュース 第47号より)