連載・介護労働の現場から〈最新スペシャルレポート3〉人手不足下の職員

連載・介護労働の現場から〈最新スペシャルレポート3〉

人手不足下の職員

モノ扱い

 国の配置基準の60%しか人がいない超人手不足、ワンフロアに30人ほどの入居者がいるが、そのフロアの職員配置は、多くて1人、ゼロの日もよくある。入居者の緊急コールは、他の階の職員のPHS電話に受信するようになっているが、手が離せないことがほとんどなので無視する。その結果、事故が多い。
 入居者がベッドから転落してもいいように介護ベッドを一番低位置まで下げ、床にマットレスを敷く。この対象者が異常に多い。そして、マットレス転落は日常茶飯事。落ちた入居者はパニック状態だが、職員が少ないので、発見も遅く、マットレスからはい出し、さらに事故を起こすこともある。
 転落を発見し、看護師を呼ぶ。看護師が来るまでに10分近く、そしてドアの外からちらっと見て「大丈夫よ」。看護師の代わりにバイタルチェックをし、外傷チェックを済ませ、事故報告書を書いて提出したら、先輩に「マットレスの上に落ちたのは事故じゃないから、書かなくていいよ」。どうりで事故報告書件数が異常に少ない。
 過去に、ベッドから床に直接落ちて救急搬送された事故報告書の原因欄には「多動」の文字。寝返りができる人が、動くのは当たり前。それを「多動」とは言わない。むしろ、寝たきりにならないように起きて動いてもらうのが自立支援で、それが介護職の仕事なのだ。「多動」の入居者は、事故から2週間で亡くなった。
 職員は、身体を動かすことだけでなく、コールやおしゃべり、要求や表現も問題行動と捉える。「じっとして」「これをしてはダメ」「何度も言ってるでしょ」「がまんできないの!」の行動制限は、収容所並み。

カポ

 以前に他の施設での介護経験がある職員は、すぐにやめていく。 「こわくてやってられない」
 当然だ。この職場で仕事に慣れるということは、モノ扱いになれるということだ。施設長やリーダーは、そもそも人権感覚があるのかと思うくらい、介護への理解がない。
 でも人間が人間をモノ扱いして平気でいられるものだろうか? 一番長い職員で2年。それでもいつも辞めたいと思っているという。いつも疲れ切って、ストレスからイライラし、虐待まがいの言動がでるのを自覚していた。だからたまに、罪滅ぼしでていねいな介護をするのだそうだ。ナチスドイツの収容所看守、カポは、同郷やお気に入りの収容者にやさしくすることもあったという。
 同期で入った未経験の職員が辞めた。教育、知識、スキルがなくても、恐ろしい職場だ。
 業務過多。ストレス、周りの雰囲気…。そんな中にあっても、虐待を踏みとどまれる何か。そのようなことをいつも漠然と考えていた。(つづく)

ちば合同労組ニュース 第90号 2018年01月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈スペシャルレポート②〉人手不足とは何か

連載・介護労働の現場から〈最新スペシャルレポート②〉

人手不足とは何か

▼人手不足の結果

 人手不足だと、介護職員は時間に追われ、すべてを効率優先、利用者の尊厳は二の次になる。
たとえば居室におむつ替えに入り、ドアを閉めない。うっかり忘れたのではなく、ドアを閉める心のゆとりがない。あるいは、臭いがこもらないように、わざと開けておく。
 これは、性的虐待になる不適切ケアである。さらに廊下にまで臭いが充満し、衛生面でも問題だ。これを他の職員が誰も注意しない。
 また、人手不足というのは、ありえない量の仕事を一人の職員に任せるということである。車椅子の利用者を食堂に移動するために、ベッドから車椅子に移乗し、エレベータ前に十数台ほどの車椅子の利用者を待たせておく。そしてエレベータで4台ずつ運ぶ。すべて一人でやるので、その間待っている利用者たちを見守っている職員は誰もいないのだ。
 夜勤の一人勤務、30人の利用者のバイタル測定の時間が15分。こんな不可能極まりないスケジュールをどうこなすか? 何日前かのバイタル記録の数字を適当にアレンジして15分で30人分記入する。これがオープン以来ずっと続いている。夜勤は1人なので、居室巡回などやったことにすることは日常茶飯事だ。
 身体介護については、障害や病気をもった高齢者に合わせた介助が必要だが、男子職員は声かけもせず、利用者の身体を持ち上げモノを放り投げるようにベッドや車いすに落とす。利用者の不安、痛み、屈辱は表情を見ればわかる。れっきとした身体的虐待だ。
 さらには食事介助は袋にゴミを詰め込むごとくのペース。その他、衣類やシーツ交換を行わない。整容をしない。利用者の髪のもつれ、目ヤニ、洟やよだれのこびりつき、強い口臭…。
 記録上はやったことになっていても、実際は行っていないことは一目瞭然だ。

▼人員配置が足りない

 介護保険法では、3対1の人員配置基準、70人の利用者なら常勤換算で24人の介護職員が必要だ。ところがシフト表では常勤換算で16人しかいない。施設長や事務員は含まない。しかし介護補助という洗濯、掃除、シーツ交換などの業務のパートが10人近くいる。
 数か月前、施設長は介護補助全員に、介護職不足を補うために、業務として排泄介助の一部をやってほしいと提案したが、全員が拒否すると、時給を下げたという。
 職員名簿と勤務実態が果たしてあっているのか? 介護補助も介護職として人員を割り増し、介護報酬や処遇改善金を不正受給しているのかもしれない。
 機械がモノを扱うのではなく、人が人のケアをするのが介護。人手不足は、ケアされる人の尊厳を壊し、そのことによって、ケア労働者は罪悪感から加害者に変質していく。これが介護の人手不足のつらい現実なのだ。(つづく)

ちば合同労組ニュース 第88号 2017年12月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈働き方編15〉労働組合という選択肢(2)

連載・介護労働の現場から〈働き方編15〉

労働組合という選択肢(2) よし、やってみよう

介護労働こそ労働組合

 これまで、介護現場への入職から仲間づくりまでの働き方を書いてきた。これまでの段階で、思っていることを言う→本音で行動する→小さな交渉を重ねる→信頼のおける仲間がかなりの数揃ってきた等の条件をクリアできていたなら、いつでも労働組合を結成することができるはずだ。
 介護労働者にこそ労働組合がふさわしいと思う。労働集約型の介護は、現業職の労働者がほとんどの業態を支えている。現業職がいなければ一日もまわらない。労働者が組合をつくるのは、鬼に金棒持たせたようなもの。
 それに、ほとんどヒラ社員で構成され、出世階段がある仕事ではない。待遇改善、賃金向上を望むなら、出世より組合活動というわけだ。

労組結成

 労働組合を結成するかどうかは、仲間でよく話し合うといいと思う。2人いれば結成できるが、時期と実力を見極めて慎重にやったほうがいい。すでに、利害が対立する経営側と議論できる体制になっており、経営側に影響力をもつ潜在的な力をもっている。
 その上で、これ以上労働条件の改善を労働組合ぬきでやるには無理で、結成メンバーだけでは限界となる時期。経営側と労働者側双方に存在感が高まっていれば、労働者が組合に入るハードルはぐっと低くなる。
 つぎに、労組は任意加入、自主的に団結して自主的に運営する。あたり前だが、幹部にゆだねて代わりにやってもらう組織ではない。新組合員全員に、どんどん役割を振ろう。苦労すると、団結力が強まる。
 組合の役割は闘うだけでない。ぬるま湯の社会福祉法人や新規参入の株式会社などは、現場についてアイデアも費用対効果の考えすらもない。こうやったら利用者が集まるとか、こんな条件ならいい人材がくるとか、労働組合ならそんな提案もできる。そういうアイデアの実現が可能になる労働組合は楽しい。

こんな職場は労組より告発

 労働環境が過酷すぎて新人がすぐ辞めるような現場は、労働者全体が無秩序崩壊状態になっていることが多い。監査や外部調査をウソで固め、虐待、身体拘束や感染症が蔓延していても、壊れた労働者はほとんど罪悪感もない。
 そんな職場の労組は、労働者のモラル欠如とも向き合うことになり、孤立する。労組より行政当局に違法を告発するのが先だ。今日、事業所への行政処分は日常茶飯事。その大半が労働者の告発によるもの。告発後に経営側の対応をみてから、労組結成で打開できるかどうか見極めたほうがいい。

労働組合の社会的役割

 介護の労働組合は、対経営者だけでなく、外に向かって介護労働者の業務や生活実態を発信する役割があると思う。どうしたら、働きがいのある仕事になるか? を提案し、主体的に「働く環境」を切り拓いていく。今は、ほとんどゼロと言っていいほど、現場の労働者からの声や提案が国の政策に届いていない。
 この国の介護を変えていくのは、介護労働者の働き方次第。自らの労働と向き合い、仲間とつながり、地域で専門家としてネットワークの一員となる。従来の要求型、抵抗型、イデオロギー依存型労働組合を超えた介護の職能共同体としての労組が必要な時期だと思う。(了)

【あとがき】

 長い連載でしたが、その一か所でも、「よし、やってみよう」という行動のヒントになれば幸いです。
 最後に、私の5年余りの介護職生活、関わった多くの介護労働者が高齢者を支えるために、悩み、葛藤しながら議論し、辞めないでともに行動してくれたことを忘れない。介護はいい仕事です。
(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第87号 2017年10月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈働き方編14〉労働組合という選択肢(1)

連載・介護労働の現場から〈働き方編14〉

労働組合という選択肢(1)

労働組合? 役に立つ?

▲働かせ方
 なぜ、働くか? 生きていくためには日銭稼がなきゃ。多少、おかしいと思ったことでも、割り切って働けば、そのうち慣れてしまうもんだ。労働とはそんなものだ。
 でも、たとえば、同じ職場で働く仲間が、会社のためにめちゃ残業して、身体はボロボロ、精神不安定、あげく家族とは離別し自殺してしまったら…、弱いやつは仕方ないと割り切れるか? いのちを奪ったのは、経営側の働かせ方、いずれ自分も同じ運命とわかっているが、残された労働者はその職場で漫然と働き続ける。生活は貧困ライン。そんな労働者が介護現場には多い。

▲労働組合、いやだぁ~

 介護のきつい搾取の現場に労働組合は役に立つのだろうか?
 新興産業である介護分野は労働環境が未整備のまま、ひとつの低賃金サービス業界となり、失業者や女性、若者が送りこまれてきた。女性や非正規が多い介護労働者は、労組にはなじみがない。労組の活動内容を知らず、「時代遅れ」「左翼」というイメージ。
 あるいは、この国の労働組合が企業別、男性中心の正社員クラブなので、自分には関係ないと思っている。あるいは、組合費取られて動員かけられるだけで、自分には役に立たないものという認識。会社に搾取され、労働組合に搾取され…、嫌だぁ~という元組合員もいる。
 介護労働の大半が移民の外国では、労組の組織率も高いが、この国の介護分野での労組の組織率はわずか5%。その大半が自分たちの既得権を守っているだけのナショナル労組傘下で、御用組合化している罪は大きい。

▲NEW労働組合

 もうひとつの労働組合のイメージはなぜか「ストライキ」。高齢者は一分一秒でも目を離せないから、ストライキできない。労働組合を作ってもストライキ不可能では意味ないじゃんというもの。
 ストライキの方法なんていくらでもあるし、外国では警察などの公務員もストをやってるではないか。こういう人はストうんぬんというより、介護=聖職、労働組合は反逆者のイメージをもっているかもしれない。
 労働組合のネガティブなイメージをそのままに、いきなり労組結成を説いてもムダ、摩耗するだけ。
まして、最初から政治運動、社会運動と関連づけるのは、労組嫌いを増長させるようなもの。
 労働条件を良くするには、何らかの組織をつくり交渉したほうが有利だし、そもそも、労働組合というのは労働者の相互扶助が目的。そういう前向きでシンプルな議論から始め、新しいイメージの労働組合を介護現場につくることを、来月の最終回のテーマとしたい。(あらかん)
ちば合同労組ニュース 第86号 2017年9月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈働き方編13〉/仲間づくり(3)フットワーク

連載・介護労働の現場から〈働き方編13〉

仲間づくり(3)フットワーク

▲茹でガエル

 国から事業所に払われる介護報酬はどんどん削られて、経営側は経費のコストを下げている。
 いきなり人員を解雇したりはないが、離職した人員の補充をしないとか、パートの増員で補う。ボーナスや手当減給、業務体制の見直し。光熱費、物品などの経費削減…。
 労働者がモチベーションを下げないように、少しずつコストをカットしている。いわゆる茹でガエルの法則で労働者は少しずつ労働強化やブラック化に慣れてしまう。カエルじゃあるまいし、そのたびに労働者は漠然と気づいているが、その不満は声にならない。
 でも、もう労働者はかなり茹で上がっているのだ。これ以上、どんな小さな労働強化にも黙っていてはいけない。

▲軽いフットワーク

 業務の小さな見直し、ちょっとした労働強化や定期以外の異動が、伝わってきたとしよう。黙って受け入れる前に「どうしてそれを行うのか?」「それで、どのようなメリットがあるのか?」「そのメリットは労働者の利益より優先するものか?」を経営側や担当者に聞いてみよう。
 人手不足だからと労働者側がなんでも受け入れてしまえば、納得したことにされてしまうのは自明の理。労働者サイドで考えても理解できないことは、どんなに小さなことでもすぐに訊きにいく。
 一日でも早く、一人でも二人でもいい。そして、上司との小さな交渉は、すぐにメールやSNSなどで発信する。そのフットワークの軽さは必要だ。自分たちだけで事実確認してる間に仲間が茹で上がって死んじゃったら取返しがつかない。また、決定事項でなく、誤報や噂だけの時もある。
 柔軟な行動力は、労働者本位の交渉力につながるだけでなく、労働者が自分の労働について問題意識を持つきっかけになる。介護労働者の自己犠牲的体質を方向転換しなければ、労働環境は良くならない。

▲上司と対等に話す

 介護労働者は、仕事のことで、職場の誰と本音で話せるだろうか? 後輩、同僚、リーダー、主任、部長、施設長…。主任あたりまでは、ふだん接触があるのだから、気軽に本音を話せるようになりたい。
 求人広告などで「風通しのいい職場」とあっても、ウソだろというのが多い。風通しは、自分がドアを開けなければ、よくならない。勇気が必要なら勇気を持とう。嫌な情報もそれが逃避できない現実なのだ。悪く思われたくない、損をしたくないとネガティブに考えず、当たって砕けろと楽観的な突破力を身につける。
 上司とヒラの労働者は、役割が違うだけで、人間としては対等だ。対等なやりとりをすればいいと思う。命令だから従わなければならないのではなく、仕事としてどうなのかで判断することによって、働きやすくなる。他人より自分自身の承認を優先して働く。
 (あらかん)

ちば合同労組ニュース 第85号 2017年8月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈働き方編12〉仲間づくり(2)

連載・介護労働の現場から〈働き方編12〉

仲間づくり(2)コミュニケーション

▼メンタル研修のムダ
 介護労働は、一日中歩き回っているといっても過言ではない。勤務中、他の職員と業務以外で口を利くヒマもない。シフト制で勤務時間が合わないので、帰りに飲み会なんてまずない。プライベートなことはほとんどわからない。
 そんな薄い関係でどうやって仲間づくりができるんだろう。仲間どころか労働に対する感想や不満を話す機会もなく、一人で労働のつらさやストレスを背負い込み、メンタル不調になっても無理して対人職をこなし、もう叫びたくなるような心の状態で勤務し、ついにバーンアウトで退職…が介護労働者の典型的な離職パターン。
 それに対し事業所は離職対策として、メンタル研修をやり、外部から来た講師が「規則正しい生活をしよう」「睡眠をとろう」「趣味を持とう」「合コン行ったら」と得意げにアドバイスする。
 ほんとムカつく。そんなこと到底できない働き方を強制してるのは経営側なのだ。こんなムダな研修に労働時間を奪われ、研修当日はサービス残業必至。参加者から搾取した残業代が講師のギャラに化ける。

▼ナンパする

 自分のメンタルは自分で守る。メンタル不調の原因となっている労働の問題は労働の改善でしか解決できない。一人ではできない。仲間が必要だ。コミュニケーションは自分で作る。会う機会を必死で見つけ労働の問題を話すのだ。
 仕事場以外どこで、会える?
更衣室、休憩室、職員トイレ、エレベータ、物品倉庫、洗濯室、喫煙所…。それらの場所で職員の姿を見つけたら、「お疲れさま」だけで済ませてはいけない。ナンパに躊躇(ちゅうちょ)してたら、仲間はゲットできない。まず顔の筋肉をゆるめ、チャラ男、おせっかいおばさん、ヘラヘラ女に瞬時に変身! 近寄って声をかけ、自己紹介してみよう。
 ほとんどの職員はコミュニケーションに飢えているのか、警戒心がなくナンパの成功率は高い。

▼秘密結社

 ナンパの壁を突破してもオルグするぞと暗い欲望を丸出しにしてはいけない。きつい労働やめんどくさい利用者も笑わせるネタに変えて、この人と話してると楽しいと思わせる。
 そのうち、ナンパ師が更衣室とか休憩室に行く時刻に合わせてくれるようになると、自然と仲間ができ、携帯メールの交換→情報共有が可能になる。休憩室にバレンタインチョコや誕生日プレゼントが積んであったりする。居酒屋やランチに誘っても都合をつけてくれて、さらに仲良くなる。
 次に、仲良くなったのを愚痴や気晴らしに終わらせない。「更衣室情報部」とか、「非非会議(非常勤非公式会議)」とかネーミングすると、秘密結社みたいで楽しいよ。そして行動は小さな反乱から始める。少人数の行動でも、メールやSNSを通じ、情報は、事業所全体に伝わる。経営側の言動は晴天白日の下にさらされる。もみ消すことはできない。(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第84号 2017年7月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈働き方編10〉

連載・介護労働の現場から〈働き方編10〉

介護は専門職

*偏見と蔑視に満ちた仕事

 介護は、以前は家族の役割であった。子どもを育て、お年寄りの世話をするのは、家族の無償労働であり、主に女が担ってきた。
 2000年から介護は措置ではなく、保険制度による国との「契約」となり、介護という仕事も、労働者としての対価が与えられなければならなかった。
 しかし、訪問介護にしろ、施設介護にしろ、女なら誰でもできる仕事としていまだに過小評価され、買いたたかれている。誰に?
 経営者に、利用者に、その家族に、そして何よりも国から買いたたかれている。
 やってみればわかるが、介護という職業は単にお世話をすることではない。食事、排泄、入浴などを安心、安全に介助する肉体労働、高齢者一人ひとりの身体状況や精神状態に関する多分野の知識と、洞察力や判断力、想像性、推進力……それらをフル動員する頭脳労働。そして、自分の感情をコントロールし、気遣い、心遣いをする感情労働。相手の立場で共感する能力、家事の知識も必要だ。その上で、偉そうな素振りはなく、親しみやすさがにじみ出ているキャラが身についている。

*PDCA

 まったくもって人間力が必要なクリエイティブな仕事で、それが介護というケア労働の醍醐味。偏見・蔑視と低賃金、過重労働のなかで、介護労働者を支えているのは、仕事に対する専門職としての誇りだ。
 今の介護労働の現場は、人権無視は日常茶飯事で、普通に働いていたら辞めて当然の職種だ。
 介護の仕事が好きになり、介護職を続けたければ、専門職として研鑽を積むしかない。職場の内部、外部研修がない場合、自腹で外部研修に参加するか、ネットや書籍で学ぶことになる。
 そんなにまでして知識を蓄えるのは、不確かな知識では家族や医務やケアマネを説得できない、つまり高齢者を支えることができないからだ。待遇改善を要求するにも、バックボーンは専門職としての矜持だ。
 介護職は専門職。専門職としての誇りをもって働こう。管理経営の素人の輩からの押し付けには怯むことはない。どんどん現場で企画し、実行し、改善し、突き進もう。ケアマネや医務を巻き込めば、管理職は「勝手にやるな」とは言いにくい。
 クレームには「PDCA(Plan Do Check Action)やってんだから」と言い返せばいい。管理職は横文字や生産管理用語には弱い。管理職を煙に巻いてるスキに、ケアのやり方から働き方まで労働者で変革していく。

*「たかが…」からの離脱

 かつて公共部門の民営化で多くの現業部門、たとえば保育士、栄養士、司書…そのほかの技能職が非正規化されたときに、「たかが子守り」「たかが給食のおばさん」「たかが本貸し」などと専門職を蔑み、行革を推進したことを忘れない。「たかが…」なんて言わせない。専門職の誇りをもって働こう。(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第82号 2017年05月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈働き方編9〉サービス残業しない方法

連載・介護労働の現場から〈働き方編9〉

サービス残業しない方法

 介護業界は、休憩取れない、残業代が支払われないという労基法違反が横行している。
 人手不足のため、目いっぱいの過重労働でも時間内に仕事がこなせない。「しかたない」「利用者のために」と改善をあきらめている労働者こそが、サービス残業を横行させている根本原因。
 辞めて転職しても、介護業界はどこもサービス残業のオンパレード、そもそも国の人員配置基準が少なすぎるから、転職は解決にならない。地に足をつけて、いまの勤務先でやれることを戦略的にシミレューションしてみよう
*問題を表面化する
 帰る時刻になっても、黙って仕事を続けるのはやめよう。「今日も帰れない」と言ってみる。利用者に聞こえても構わない。利用者にも理解してもらう必要がある。そして決して退勤時刻にタイムカードだけ押して、戻って残業しないこと。

*残業制限ルール
 残業代の支払いについて、会社によっては、残業申請を制限するルールがある場合がある。
 〈利用者のケア以外の、申し送り、記録などの事務仕事、イベント準備などは残業として認めない〉〈掃除やかたづけ作業などは労働時間外にやること〉〈職員会議、利用者家族との面談にかかった時間は労働時間としてはカウントしない〉
 ふざけるなと言いたい。記録、イベント、かたづけ、会議、面談は、介護職の立派な業務、労働として認めないという屁理屈は勝手にほざいてろという類のものだ。むろん、これらの制限ルールは明らかな労基法違反だから、就業規則には載せていない。従うことはない。
*残業を認めないのは誰なのか
 時間外手当の申請の方法を確認しよう。申請用紙はあるのか、誰に提出し、誰が承認するのか? 一般的には残業の事実とその事由を把握できる現場の管理職によって残業手当の有無が決定される。そこでシャットアウトされれば事業所全体の問題。「しかたないでしょ」という仲良しの職員は説得しよう。会社が刑事罰もある法律違反行為を犯しているのにあきらめることはない。
:労基署対策
 労基法違反だから仲間と労働基準監督署に訴えよう。でも、労基署は泣きついてもなかなか動いてくれない。法律に基づいてしか動けない行政機関だから、こちらも準備がいる。労働時間を毎日きちんと記録する。残業未払いの証拠となる給料明細書。これらの証拠の揃え方は専門家のアドバイスを受けるといい。
 介護事業所にとって労基署から是正勧告を受けるというのは、打撃が大きい。信用を失うばかりか、罰金刑になれば、都道府県は事業所の指定取り消しをすることまでできる。だから慎重にね。労基署行くことは会社に秘密にしておこう。いきなりガツンとやって労働者の力を見せつけてやろう。このタイミングで労働組合結成もありかな?(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第81号 2017年4月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈働き方編8〉 それ労基法違反

連載・介護労働の現場から〈働き方編8〉

それ労基法違反ですから

 介護業界は、人手不足と命を預かる現場だからという理由で、労働基準法違反の労働慣行が平気でまかり通っている。違法な職場ルールをチェックしてみよう。

①サービス残業

 人手不足だと、当然、時間内に仕事が終わらない。次のシフトにその仕事を押しつけて、「ハイ、さよなら」と帰ることはできない。
 それに、利用者に不測の事態、救急搬送とか介護拒否がある場合、これも帰れないで、何時間もの残業になったりする。
 あと、委員会やイベントの準備は業務時間内に時間がとれないので残ってやるのが暗黙のルールで、職場の人間関係上、「帰れない」。
 問題は、それがほとんどの介護の現場でサービス残業になっていることである。なぜタダ働きなのか? 残業未払い問題は、働き方改善の突破口なので、稿を改めて論じたい。

②欠勤は代理を探さないと認めない

 介護現場はシフト制。決まったシフトに欠員がでると、業務がまわっていかないので、代わりのスタッフを探さなければならない。でも、それがなぜ労働者の義務なのか? 欠員の補充は事業者側の責任。「代わりの人がいないなら出勤して」という命令は違法。欠員対応は事業者にまかせましょ。

③遅刻・欠勤の罰金制度

 遅刻や欠勤を減らすために、遅刻30分5千円、欠勤5万円減給なんてペナルティ、信じがたいが、介護業界にはまだまだある。減給は就業規則に記載がなければ違法。就業規則にあっても、労基法では、1回の額が平均賃金1日分の半額を超えないこと、額が月給の賃金の10分の1を超えないことという上限が決まっている。激務で体調壊して休んでいる人間から、さらに大金をぼったくる雇い主にだれがついていくかよ。
 ④時間外の仕事や連絡
 オフの日でも、電話やメールをバンバンよこして、業務対応させたり、職場に来るように呼び出す。呼び出しで出勤しても、休日扱いで賃金払わない。これも労基法違反ですから! 

⑤有給休暇を理由によって却下

 いちいち有休の理由を聞いたり、書かせたりする職場がある。「遊びに行くなら出勤してよ」「家族旅行、他の日に行けないの?」とうるさい。理由は「私用」だけで充分。労働者に有休日を決める権利がある。ただ、事業者は「時季変更権」というのがあり、繁忙期などは取得をずらしてくれないかをお願いする権利はある。
 これ以外にも多々あるが、業界に巣くう暗黙のルールなんか無視して、まず勇気をだして「それ、労基法違反ですから!」と言ってみよう。(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第80号 2017年3月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈働き方編6〉感情を押さえつけない

連載・介護労働の現場から〈働き方編6〉

感情を押さえつけない

突破口は泣き言

入職して数か月経ち、身体を動かすことに慣れると同時に腰痛が始まり、疲労がたまっていることを自覚するようになる。どうしてこんなに仕事がきついのか? でも聞いてくれる先輩もなく、さらに極め付け、16時間勤務の夜勤の仕事も始まり、もうこのままでは「殺される~」と、3か月くらいで辞めてしまうことも多い。
そこで突破口。泣き言を現場でガンガン言ってみる。「身体ガタガタ、もうもたないよ~明日休むかも?」「あ~ダメ。もうできない」「ムリですよ。それはパス」…。
この悲鳴を無視したり、「お前はバカか。やるにきまってるだろ」という先輩がほとんどかもしれないが、中には代わってやってくれる頼もしい先輩もいるし、「無理だよね。きついよね。それやるの、やめよっか」と同調してくれる仲間もいる。
これが風通しのいい職場にする第一歩。感情は出さないのがプロといわれている介護業界で泣き言を口にだすには勇気がいるが、こう考えよう。
人手不足で利用者は食事・排泄・入浴以外は、寝かせっきり、座らせっきりで放置され、やがて死んだ魚の眼、能面のような無表情になり、その傍らで職員はひたすら黙々と業務をこなす日常。
職員がまず弱みをさらけ出し、自然な感情を出すことにより、利用者が溜めていた孤独のつらさを開いてくれる突破口になるかもしれない。介護者と利用者は、サービスを一方的に提供するだけの関係ではなく、生活を共にしている顔なじみの関係にならなければ介護は成立しない。だから安心して泣き言を情報公開しよう

感情の解放

介護は毎日がジェットコースターみたいなもので、穏やかで順調な時が続いても、ちょっとしたことで、いきなり急降下する。それをスタッフが黙って引きつった顔で動いていると、動揺が利用者に伝わって不穏になる。
ところが、みんなでワァーキャァ言いながら対処すると、利用者は、ワァーキャァには敏感に反応するが、案外不穏にはならない。何か面白そうだと刺激を受ける。終われば「大変だったね」と声をかけてくれる人もいて、利用者との生き生きした交流が始まる。これが介護現場を労働者と利用者の空間にする始まり。
介護現場で禁じられている、ワァーキャァや私語、雑談。これらを解放するだけで、現場は柔らかい風が吹く。ストレスがたまらないし、前向きになれる。利用者は、人生の先輩としての柔和ないい顔になる。
感情を押さえつけ、ジェットコースターに慣れてしまうのは、実は怖いこと。ケアレスミスや虐待、パワハラはそのような土壌から芽を出す。ジェットコースターでワァーキャァ、落ち込んでるときは利用者に言ってみる。いいことがあればウキウキ…、人間が人間を介護するのに感情は必要だ。
(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第78号(2017年1月1発行)より

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