連載・介護労働の現場から〈36〉最終回

連載・介護労働の現場から 〈36〉最終回
二度目の失業
最後の日の退社時間がきた。
ロッカーの荷物をまとめていると関口さんが来て「あの文章、私のこと?」と訊いた。
「ご想像におまかせします」と答えたら、「甘いわね。辞めたほうが負け。私なんか2日に1回整体に行って体ボロボロ。そんな仕事よ」と腰痛コルセットをバリバリはずしながら得意げに言う。その腰痛コルセットは勲章? 格闘技おたくか?

施設の外のバス停で冬のきれいな空をみあげた。また失業だ。今度は雇用保険もない。介護ではまともな職場はないのかも…
バスに乗ろうとしたら三田村さんや看護師さんなどがどっと追いかけてきた。「これから、送別会やるよ」
駅の近くの居酒屋に予約がしてあって、すでに百瀬さんがいた。後から来る人もいて総勢10名。歓迎会もしてくれなかったのに、なに、この賑やかさ。私の送別会というより、みんなの慰労会みたいだ。みんなつらい仕事をしてる仲間だからね。
これまでユニオンショップ協定の「御用労組」に訴えた人もあったらしいが、逆に居づらくなるよとやんわりと脅されたという。なんかやりきれない思いが残った。私が辞めてからすぐに、2名のパートが辞めた。
半月後、私は法人本部の役員会に呼ばれて意見を述べた。新幹線とお迎えタクシー、VIP待遇だ。管理職向けに、モラハラが欠勤や退職で直接的な損失があること、有能な人材を流失させ、サービスの低下を招くことを、告発文の内容に付け加えた。
その後、法人として電話やネット対応のハラスメント相談室が創設され、産業医に精神科医が加わった。しかし、これらの専門家の雇い主は法人だ。本当に労働者を守ってくれるかははなはだ疑わしい。御用組合のように問題を覆い隠してしまう危険性大。

n0070_03_01a いまだに百瀬さんは就労不可能状態でメンタルクリニック通い、関口さんはハラスメントの自覚がないまま子育て理由に退職したという。
介護職の離職理由は一般的には低賃金、重労働だと思われているが、離職者へのアンケートなどによると、人間関係や運営に不満というのが一番多い。雇用管理がしっかりしていなくで、あまりにも人手不足になると、現場の人間関係は最悪になる。
介護現場の労働者は、誰もが多少ならず、健康と収入と家族を犠牲にしている。その身で、人の命を預かる仕事への重圧を背負いながら自身のストレスをコントロールできる人間はそう多くない。ストレスのはけ口を新人に向けるのが当たり前の世界だ。
精神障害の労災支給の業種第2位が介護だ(1位は道路貨物運送業)。でもメンタルヘルスを維持するのは実は簡単。一番の特効薬は労働者の連帯なんだよ。
ね!!
(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第70号(2016年5月1日発行)より

連載・介護労働の現場から〈35〉 告発文

連載・介護労働の現場から 〈35〉

告発文

私は辞める決心を三田村さんに伝えた。
三田村さんから他のパートにも伝ったが秘密にされた。「とても2か月しかいないとは思えない。2年はいる感じ」といわれるほど職場や入居者に馴染んでいたし、プリセプター丸山くんも「仕事ができるようになったね」といい評価をくれていた。

でも、辞めるのだ。

私だって執拗なモラルハラスメントでおかしくなっている。仕事中でも関口さんが飛んでくるのではないか、とやたら警戒心が強くなって、なんか妄想症じゃないかと思う。
それで本当に関口さんが来れば、百瀬さんみたいにフリーズしちゃうかもしれない。限界だ。
でも、辞めるときには、この職場がモラルハラスメントでどれだけ汚染されているかを告発し、それが退職理由だということを宣言するのだ。百瀬さんみたいに本当の理由をいわないで辞めると、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になりそうだ。
まず、「新人教育について」という告発文をワープロし、課長に退職の電話をかけた。
課長は、「えっー」と30秒くらい絶句。「あらかんさんはホープだったのに…」
どこかで聞いたセリフだね。

次の日、課長と面談をして告発文を読んでもらった。
これまで受けた新人教育についての言動がモラルハラスメントに相当すること、このようなハラスメントをなくすための方法まで書かれている親切なものだ。
課長はじっくり読んだ後、「この通りです。苦しんでたのね。すみませんでした。これは施設長に提出します」と真顔になった。
次に、休憩室で会った人のうち、関口に迎合しない人に「私、やめるので。理由はここに書いてあります」と告発文を渡した。
告発文は好評で「私も頂戴」と言う人が何人もいた。「ロッカーに入れとくね」。それで、読んだ人からの返事の手紙や餞別が私のロッカーに入ってたりした。
丸山くんからも手紙で「お役にたてず、すみません。こういうことがあるのだと肝に銘じてこれからやっていきます」という内容の返事が来た。

n0069_03_01a辞める日がきた。
施設長の面談があるという。告発文は課長から施設長に渡っていた。施設長は事実関係を詳しく訊ねた後、「このようなことはあってはならないことです。人が人として尊敬されない職場は、ご入居者もないがしろにしているということですからね。この組織全体の理念が問われます。これを役員会に上げて検討させてもらってもいいですか」と言った。
涙が出そうになった。これまで、つらかったことがどっと出そうになった。その日会った入居者にも最後だと思うと涙が出そうになった。「辞める」と入居者に言うことは禁じられていた。(あらかん)
ちば合同労組ニュース 第69号(2016年4月1日発行)より

連載・介護労働の現場から〈33〉 新人教育

連載・介護労働の現場から 〈33〉

新人教育

介護現場は、大手といえど、どこも人手不足で、職員はタイトなスケジュール下、新人指導を担当するのはすごい負担だ。
マジ、教えているヒマも心の余裕もない。だから、新人はほったらかされ、佇(たたず)んでると、担当外の人から細切れの仕事をいいつけられる。
そんな状態では、仕事のながれも理解できないし、何をやるべきかもわからず、ただ、叱られないようにどう動けばいいのかばかり考えるようになる。
新人教育の目的は、介護のプロになってもらうことだから、教える立場にいる人は、新人を独立した人格として尊重し、自主性をもたせ、判断力がつくように指導するのが肝心だ。しかし、自分の思うように動かしたい、黙って従っていればいいというのでは、何週間、何か月たっても仕事がこなせない。
関口さんは、介護スキルにおいてはベテランだが、教育係としては最低だ。私は、2か月を過ぎた頃には、ここに何年いても、介護を極めることができないと悟った。「金持ちの嫁」は物質的には豊かだが、モラルハラスメントによって精神的にズタズタにされている。
それに、介護が必要になった入居者が気の毒になった。
有料老人ホームは、多額の入居金が必要なので、退職金とか家を売り払った資金をつぎ込んで入居する人も多い。そして、年金は毎月の利用料で使い果たしてしまうから、追い出されると行くところがない。だから、多少のクレームは飲み込んで黙っている。
新人に対しての関口さんのきつい物言いは、当然入居者にも届いている。「お互い、つらい身だねえ」と言われたこともある。こんなきれいで立派な施設でも介護職と利用者は囚われの身。私はだんだん憂鬱になってきた。
百瀬さんが辞めた。表向きの理由は親の介護のためという円満退社。反応は冷ややかで、「やっぱりね。あの人は向かないわね。それに比べてあらかんさんは、もう何年もいるみたい」と異口同音に言う。
tukutuku 百瀬さんは辞めた後も、仕事に関することをメールしてきた。あるときは帰宅する私を駅の改札で待ち伏せ、近くのカフェで何時間も話したりした。精神のバランスを崩している。もう辞めた職場のことを言っても仕方ない。それじゃ次の求職活動に移れない。
いじめの加害者の関口さんや染谷さんも、明らかに弱い人間だ。関口さんは神経症、気分が不安定で、人に対して不寛容だ。三田村さんによると、権威的な夫と子育ての不安がトラウマになっているという。染谷さんは本来自我が弱く、相手を見下すことによって自我を守ろうとするタイプ。
こんなところやってられない。私も辞めよう。(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第68号(2016年3月1日発行)より

連載・介護労働の現場から〈33〉モラルハラスメント

連載・介護労働の現場から 〈33〉

モラルハラスメント

関口さんは、福祉の専門学校出の新卒でこのホームに就職して、12年のベテランである。村松係長より長い。介護スキルもすごく、元コールセンターの同僚が話していたおむつ替え1分、高速食事介助2分を思い出した。
仕事を時間どおりまわすことが介護だと思っているタイプ。入居者とも長年の顏なじみで、現場を取り仕切っていた。ただ、介護居室の入居者には人気がなく、「また、あのオンナが威張り散らしている」とあからさまに言う入居者もいた。

私は、入職して1か月半、パートだし、場面場面で適切な介護をこなすだけで精いっぱい。これまで小さな施設にいたせいか、一人ひとりの入居者に寄り添う介護が身についている。起床介助やトイレ、入浴の介助も、声掛けしながらゆっくりやる。
関口さんはそれが気に喰わない。入居者にトイレでゆっくり座ってもらっていると、のぞきに来て、「いつまでかかってるの」と言う。私のスローペースを叱責しているのだが、入居者は自分の排泄が遅いと思い、脅えて排便をがまんする。

矢継ぎ早やに思いつきで命令する。「(入居者を昼寝から)起こしをやって」
1分もたたないうちに「(違う入居者を)お風呂に連れてきて」、そして、「まだやってないの!」「優先順位を考えて」
介護度が高いため、二人で介助することになっているので頼むと「私にやれっていうの?」「力が足りない。一人でやるのよ」
「~していいですか?」と許可を求めると、「聞かなきゃわからないの?」と答える。
それに対し、私が「じゃ、やります」と言うと、「○○なのに、なぜ~するの?」と言い、反対に「じゃ、やりません」と言うと、「○○なのに、なぜ~しようとしないの」という。後出しじゃんけんの卑怯なやり口だ。
あと聞こえないふりをして無視する、たえず見張る、大きな声で呼ぶ、怒鳴る、追いかけてくる。休憩時間にこれまでのミスを長々と列挙する。公然と侮辱する。染谷さんと一緒に小さないやがらせを毎日執拗に繰り返す。

p0067_03_01a メモってきた冒涜の言葉の数々…。「ホント使えない人だね」「頭が悪いんじゃないの」「言い訳しない」「一から十まで聞くな」「どんな育ち方をしたの」「それでも長年主婦やってきたの」「謙虚さが足りない」
こんなこと言われ続けていたら、被害を受けているのではなく、自分が悪いと思い込む。あげく、これまでの自分の感覚が信じられなくなり、解離症状がおきる。百瀬さんは、慢性的抑うつ状態で不眠が続いていて、夜中にメールが来る。こんなアイデンティティ喪失を起こすようないじめ、名前があることを知った。
「モラルハラスメント」
(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第67号(2016年2月1日発行)より

連載・介護労働の現場から〈32〉真打ち登場

連載・介護労働の現場から 〈32〉

いじめの真打ち登場

百瀬さんの顏は蒼白で、その側で二ヤけてる染谷さん。マンガの世界だ。三田村さんと私で百瀬さんを支え、休憩室に連れて行った。
上司を呼ぶべきだと思った。課長は不在だ。村松係長を呼んだ。ちらっと見て「もう、早退したら」と言っただけだった。
三田村さんに「三人で早退しようよ」と提案し、ナースステーションにいた看護師にその旨を伝え、三人で施設を出て、ホテルのカフェに行った。
百瀬さんは少し経つと、生気を取り戻し、堰を切ったようにしゃべり続けた。早退したのが3時で、職場の退社時間の5時を過ぎ、8時くらいまでホテルにいた。
パワハラ? 同じパートの身分だからパワハラではないか。それにしても、職場の壮絶ないじめは、この年になって初めての体験だ。力石どころではない。女のいじめというのはこんなものなのか。
私は次の日、私のプリセプター(新人教育係)と課長に言って、百瀬さんと染谷さんとが一緒にならないようにシフト変更してくれと要求した。
課長は、リーダーシップがあるタイプではないが、百瀬さんのシフトを一部変えてくれた。プリセプターの丸山くんは、前の施設の管理者と同じ体育系大学卒、新卒入社で3年間の現場研修中。2週間に一度、プリセプターとの面談があって、悩みや課題、目標などを話し合う。
「現場の新人教育、おかしいと思わない?」と私が言うと、丸山くんは「僕もそうでした。わけのわからないことでいじわるされるんですよね。介護の世界というのは特殊なんですよね」。
ふん、あんたは3年限りの医療福祉コングロマリットの幹部候補生の身。パートの新人と形式的なプリセプターごっこやってればいいけど、百瀬さんは生活がかかった母子家庭。
n0066_03_01a 「特殊じゃないでしょ。普遍的な人権侵害。上のどこかに報告して、どうにかしてよ」
わからないだろうな、体育会系。
「どうやってするんですか? いじめの細々したことをどうやって? イヤですよ」
やっぱり、役立たず。
百瀬さんは、それでもがんばって仕事を続けた。染谷さん以外のパートは現場でできるだけ百瀬さんをサポートした。でも、1か月を過ぎたころ、突然休むことが多くなった。「起きられない。バスに乗っても途中下車してしまう」とメールがきた。
百瀬さんの代わりに私が染谷さんと同じシフトになることが多かったが、無理難題は丸山くんや課長に助けを求めたりして、どうにかかわした。
しかし、染谷さんには社員の古株、関口さんという仲間がいたのだ。私に対するいじめの加害者は関口さんに移行し、染谷さんはその尻馬に乗るだけ。この構図もアホくさい。(あらかん)
ちば合同労組ニュース 第66号(2016年1月1日発行)より

連載・介護労働の現場から〈31〉 お局様

連載・介護労働の現場から 〈31〉

お局様

メモ帳は、湯沸かし室の吊戸棚に置いておいた。ポケットに入れてチラチラ見ていると注意されるからだ。誰に聞いても「知らない」という。お手上げだ。一週間分の仕事のデータがパァーだ。
しかたないので先輩パートの三田村さんに小声で聞きながら仕事をする。

職員が大人数だと身分制がある。課長、その下に看護主任の係長と介護主任の村松係長の二人がいて、あとは看護師の常勤、パート(一人だけ)、介護職は常勤11名、パート7名。それぞれ経験の長い人がいばっている。
誰が古いかは、シフト表を見ればわかる。私と百瀬さんは、シフト表が一番下。そして、やさしく声を掛けてくれたり、親切に教えてくれるのは、パートの介護職。
だから三田村さんと一緒のシフトになるとすごくうれしい。
三田村さんが「あらかんさんのメモはどこかのゴミ箱にあると思うよ」と耳打ちしてくれた。備品室、洗濯場、浴室…と仕事がてらゴミ箱をみてみると、汚物室(排泄物で汚れた衣類や下着を洗う部屋)にあった。

誰かがわざとやったのだ。
三田村さんが「染谷さんだよ」と教えてくれる。また、染谷さんか。染谷さんはパートの一番古株で、昔のメロドラマの典型的ないじめ役、お局タイプで、吊り上った目つきに引きつった表情、そのステレオタイプぶりはいまどき貴重だ。そして、いじめられて陰で泣くのが百瀬さんで、「アハハ…」と笑うのが私。
3歳年上の私に「まぁ、この子は口答えばかりする」
「そんなこというのは十年早い」
朝の全員ミーティングで空いた椅子に腰掛けると「いちばん新米だから後ろに立つんだよ」
休憩時間になって休憩室に行こうとすると「いちばん後で行くんだよ」

言いつける仕事も無理難題。やってる仕事の途中で違う場所での仕事をやれと命令する。「どちらを先にやればいいんですか?」というと、「両方同時にやれないの?」
p0065_03_01a 勤務終了時間10分前になって、片道15分はかかる病院に入居者を迎えに行けという。「走れば5分でいけるわよ」
PHSコールで居室に駆けつけると、すでに染谷さんがいる。入居者じゃなく染谷さんが鳴らしたのだ。「用もないのに来るんじゃないよ」
三田村さんも最初の頃は、染谷さんにやられていたそうだ。今は私と百瀬さんがターゲット。それに対して、課長以下誰も染谷さんに注意しない。染谷さんは身体介護はまったくしないで、まるで役割は新人いじめみたいだ。

ある日、染谷さんが「この子、おかしくなっちまったよ」というのが聞こえた。駆けつけると、百瀬さんがぶるぶると震えたまま、フリーズしていた。(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第65号(2015年12月1日発行)より

連載・介護労働の現場から〈30〉 煎茶or玄米茶

連載・介護労働の現場から 〈30〉

煎茶or玄米茶

応募した有料老人ホームの面接に行き、ホテルのような外観と内装に驚いた。

私の面接の前に一人いて同じ部屋で待たされたので、自己紹介し合い、面接後に近くのホテルのカフェで待ち合わせた。
Mさんといい、夫と離婚してから介護の仕事をはじめ、現在55歳、うつ病の娘と2人暮らしだと語った。とても気が合ったので一緒に働けるといいねと言って別れて電車で家に帰ると、面接した介護課長から早速、採用の電話があった。「Mさんにあらかんさんも採用ですと伝えると、とても喜んでいらっしゃいましたよ」
2人同時入社は心強い。シフトが違う日もメールでやりとりした。
職場は9階建ての介護付き有料老人ホームで入居者が健康な時は3~9階の一般居室で、介護が必要になると、その居室から出て1~2階の介護居室に移る。
一般居室の支援が15人、介護居室24人に対し、看護職が15人、理学療養士、作業療養士を含む介護職が20人で、24時間対応の介護を提供している。
「金持ちの嫁」なので髪型や化粧、制服やエプロン着用、言葉遣い、立ち居振る舞いがチェックされる。また、40人近くの顔と名前を覚え(プラス職員30数人)、さらに、入浴の仕方や食事や飲み物の好き嫌いも個人対応で、間違いがないようにしなければならない。まるで接客業だね。
Mさんはそれが苦手で、「名前が覚えられない。車いすに名前入れてほしいよね。昼食のときに玄米茶の人に煎茶出したら、Mu係長が走ってきて謝ってくれたのはいいけれど、帰る時間になっても残されて、きつく怒られた。もう嫌だ」と私に電話をかけてきた。
まだ3日目だ。私はメモ見ながら、お茶を運ぶ。「違う」と言われる前に「遠藤様、ぬるめの玄米茶でよろしかったですか?」と訊くのだ。お金持ちは人前では召使には寛容だ。「あら、ぬるめなんだけど御煎茶なのよ。でも、玄米茶もたまには飲んでみようかしら」。よし、覚えた。遠藤はぬるめ煎茶。でも、いつのまにか玄米茶党になってたりする。Mさん、うまくやろうよ。Muなんてずっとこっち見ているわけじゃないし。
n0063_01_01b 顔と名前は、男は少ないので、すぐ覚えるが、女のお年寄りは見分けがつきにくい。シミの位置、白髪の具合……私は特徴を絵にして、覚えた。
せめて、車いすやシルバーカーには名前を書いてほしいというと、Mu係長は持ち物にこちらの都合で名前を書いたりできないという。排せつの場面でも、それぞれ、オムツ、リハパン、パット(それぞれ4サイズ)、布パンツ、トイレやおむつ交換の時間、メモだけが頼りだ。
その私のメモがなくなってしまった。
(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第64号(2015年11月1日発行)より

連載・介護労働の現場から〈29〉 有料老人ホーム

連載・介護労働の現場から 〈29〉

有料老人ホーム

ハローワークの「介護労働相談窓口」は2ブースあり、一般の労働相談窓口がいつもチョー混みなのに比べて、ほとんど待っている求職者がいない。
手持ちぶたさの係はおしゃべりしながら、登録者への電話かけやダイレクトメール封入作業をやっている。
登録すると毎週、電話や求人情報大量掲載のダイレクトメールが来る。介護フェアといって求人側企業が一堂に介す就活イベントも月に一回はある。それでも人が集まらないのだ、介護業界。
私みたいな中高年リストラから若年ニート層まで、年齢、経験不問。よほどじゃない限り、応募者は全員採用されるといっても過言ではない。

私は、ハローワークや登録した複数の介護求人のウェブサイトのおかげで求人トレンドに詳しくなり、条件を絞った。「週5日フルタイムパート、時給千円以上、社会保険完備、残業代支給。交通費全額支給、制服支給、タイムカード設置、更衣室ロッカーあり、健康診断や研修費は会社持ち…」。当たり前の条件が自分でもおかしかったが、その条件で絞ると、有料老人ホームが数件しかなかった。
当時の有料老人ホームは今ほど多様化していなくて、60~65歳以上なら、元気なうちから入居することもでき、食事・家事、介護や医療連携、通院・リハビリ・文化サークル・旅行・生活相談など、一切合財のサービスがあり、老後は安心。設備やサービス内容によって料金もさまざまであるが、比較的富裕層が多く、お金がなきゃ入れないとよく言われる。
働く立場から言うと有料は、暴力や暴言、奇行、窃盗など行動に問題のある人はお断り、あるいは退去という契約なので、重い認知症はいない。

n0063_03_01a また、介護施設(特養、老健、グループホーム)は支出の7~9割が国からの介護報酬による人件費だが、有料の人件費は5割程度。つまり、人件費を抑えなくても入居金など他で儲かるし、逆に人手が足りないとクレームが来るから、人手不足にしないために、労基法遵守はもちろんのこと、労働条件や時給がいい。

私は考えた。有料老人ホームは入居者自身(あるいはその身元保証人)が選択し、契約する。そして、介護職は介護サービスを提供するだけ。その他の調理、家事、生活相談などは別のサービス係がいる。
これまでの、利用者から介護以外でふりまわされる有象無象、認知症の問題行動がないだけでどんなに楽か。それに、介護に必要なバリアフリー、介護用ベッドやトイレ、入浴設備。冷暖房完備。考えただけで夢のようだ。有料老人ホームで介護のスキルを磨こう。
私は、全国展開している有料老人ホームに応募した。東京近くなので時給は千円。(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第63号(2015年10月1日発行)より

連載・介護労働の現場から 〈28〉貧乏人の嫁

 貧乏人の嫁

仕事がなくなったので、長らく会っていない友人と会ったり、家族と向き合う日々が続いた。
家族は「介護はやめなよ。何一つ良いことがないでしょ。給料が安い。身体は酷使する。プライドはズタズタ。労基法違反ばかり。何か人の役にたつことをやりたけりゃ、まともな仕事について空いた時間にやれば?」

一緒にコールセンターをやめた友人たちは、介護職からそれぞれコールセンターと派遣の事務職に転職し、いきいきしていた。
「あらかんちゃん、正社員はその歳じゃ無理だけど、パートなら紹介してあげるよ。パソコンと英語ができれば派遣でもなんでもあるよ。介護は絶対やめなよ。顔つきも性格も悪くなるよ」
同じ職場で働いていた和田さんも介護の仕事は辞めるという。
「あらかんさんが辞めて、大変だったよ。利用者さんにはなんで辞めたと責められるし、言うこと聞いてくれなくなったし、力石さんが排泄でも入浴でも力づくでやるので、そのうち虐待が起きるんじゃないかと心配だし、仕事に行くのが嫌で嫌で、やめちゃった」
ハローワークや求人誌には、できそうな職種や条件にあうのはいっぱいあるが「定年60歳」という条件にひっかかる。結局、警備・管理人・介護なのか。
労働相談では「清掃」もありますよと言う。清掃もいいが、一日の労働時間が長い清掃は若い人が対象だ。
「若い人も最近は仕事ないんで、清掃・介護・警備なんかにどんどん食い込んでいますからね。やっぱり介護ですかね。資格も経験もあるので、条件のいいところをじっくり探したらどうですか?」
と、バイトらしき相談員が言い、介護に特化した「介護相談窓口」を紹介してくれ、そこに登録した。

わたしは介護の仕事が嫌いではない。お年寄りと話すことは楽しい。以前、日雇い労働者の支援活動をしていたときに、たき火を囲みながら、老人になった労働者たちと話をするのは最高に楽しかった。彼らが怒鳴ったり、ひねくれていても気持ちは通じ合う。
その老人たちがないがしろにされてたり、自由を奪われている社会状況が嫌だ。

n0062_03_01a今の、介護保険制度下での介護労働というのは、老人たちを差別し排除している労働だからなおさら辛いのだ。
まともな給料や労働条件なくして、まともな介護はない。
これまでの民家を改造した貧乏くさい施設じゃだめだ。冷暖房は効かないし、バリアフリーもない。食費も足りない。何か不足しても買ってくれないので自腹を切る。…そんな貧乏人の嫁みたいな境遇はみじめだ。今度はもっと金持ちに嫁ぐ。おなじ差別を受けてる嫁なら、ラクできるとこがいい。
(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第62号(2015年9月1日発行)より

連載・介護労働の現場から 〈27〉 退職

連載・介護労働の現場から 〈27〉

退職

「雇用保険の記録では、雇用保険に入っているのが3月からなので雇用期間が今日まで5カ月ですね。6か月以上ないと雇用保険はおりないですね」
入社したのは12月だ。もう8カ月以上になる。契約書と給料明細書を見せた。
「12月から3月まで、あなたは雇用保険料を払っていませんね。でも、入社した日から雇用保険は適用になります。払っていない分を今から支払えばいいんです」

まったく、人事、総務がなっていない会社だ。また、会社と交渉しなきゃならない。社会保険に関することは本社の女性社員が一人でやっている。悪気はないのだが、ほとんど労務事務ができず、給料計算もよく間違える。
電話をすると「試用期間3カ月は雇用保険は入れないですよ」という返事。それも、またハローワークに聞き、試用期間中も適用になることを確かめ、彼女に教える。
「遡って雇用保険料を払うことができるか、社長に聞いてみます」
社長は「そんな少額、今から払わなくていいよ」ということで、退職届を出さないまま、私は役所関係、病院、総務、社長との細かい手続きに時間を取られた。
しっかりした会社なら総務がすべてやってくれるのにと思った。でも言えばやってくれるだけマシなのだ。おとなしく辞めない人間には何もしてくれない会社も多い。

10日分あった有休が切れた。社長から連絡があり、「そろそろ退職届を書いてくれませんか」と言った。もうケガはほとんど治ったし各種手続きの準備は整っていた。会社から退職届の用紙が送られてきた。
理由の欄には「一身上の都合」と印刷されていた。その下に手書きで「ケガにより勤務継続困難と判断されたため」と書き加えた。せめてもの抵抗だ。社長から電話があり、「受け取りました。いろいろ大変でしたね。離職票を送ります。身体に気をつけてがんばってね。あらかんさんは介護に向いていますよ。うちのホープだったのに残念です」と言った。
その後もくみあい健保や年金事務所、市役所などに各種手続きに行ったが、どこも窓口担当はバイトなのか事務や仕組みに関しては知識がなく、時間を取られた。法律はあっても雇用先や役所の実務担当者に能力がないと、労働者の交渉力や説得力の力量が問われることになる。そこまでしなければ権利は守られないのかと、うんざりした。

n0061_03_01a施設に私物を取りにいくと、管理者も力石もいず、雇用保険や有給がもらえることをパートの同僚に伝えた。私の代わりは募集してるが応募が皆無で忙しそうだった。その後、管理者は会社を辞め、この施設は他の介護業者のフランチャイズになり、力石がその施設長をやっているという。また近いうちにつぶれるにちがいないと思った。(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第61号 (2015年8月1日発行)より

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