連載・介護労働の現場から〈最新レポ⑦〉介護者を解放する

連載・介護労働の現場から〈最新スペシャルレポー⑦〉

介護者を解放する

介護労働者の開き直り

 会社の違法性は、年金事務所の「介入」により、私の社会保険加入や勤務実績は証明され、一か月分の給料は振り込まれた。
 私は退職後、半月で転職した。
 私の退職後も、ドミノ倒しのように職員が次々といなくなり、あまりの過重労働で体調不良の職員ばかり。業務分担や責任のなすり合いで職員の人間関係は最悪になり、入居者や家族からの抗議の怒号は絶えることはない。
 そんな泥沼の戦場のような職場でも、労働者は、どうにか正規雇用で転職して毎月決まった給料が入り始め、それを糧として生活するようになると、スパッとやめて再び路頭に迷うことを簡単には決意できない。介護はどこもブラックばかりと開き直る。
 一方で、入居者はますます悲惨な状況だ。十分な介護がないと、歩ける人が歩けなくなり、立てた人が立てなくなり、やがて座れない→寝たきりとなる。老年期の身体と心は、見捨てられることにより、容易に衰退し、本来は何十年と生きられる人が、わずか数か月もたたないうちにあっけなく亡くなる。
 しかし、寝たきりは、ベッドから動いてもらうことがないのでむしろ介護はらくだ。しかも、重度化で施設への介護報酬が増える。

人手不足でも満床

 経営側は人手不足に応じて、利用者を制限すべきだが、居室の稼働率しか関心がないし、格安有料老人ホームにしか入れない人は多く、どれだけ人が辞めても施設は満床状態が続く。
 10名配置されていた日勤職員がわずか2名となれば、放置どころか、事故や虐待やコンプライアンス違反が起きて当然。それでも、裁判で刑事や民事責任を一番に問われるのは、労働者なのだ。
 もう、「働き続けることが美徳」という時代ではないし、空前の売り手市場。介護の転職は容易だ。「お年寄りが気の毒だから辞めない」のは間違いだ。辞める勇気のない労働者と、経営側に甘い介護保険制度に守られ、ブラック会社はなかなかつぶれない。

人を棄てる国家

 この国の介護を決めているのは政府と財界。厚労省はその枠内をいじくり混乱させているだけの存在。人手不足の一番の原因は、介護報酬の引き下げ、介護職のスキルやメンタルを考慮しない介護保険制度の改悪なのは明らかなのに、出てくる対策は介護ロボットや外国人労働者の導入…。
 最近、政府は人手不足について「介護職員の処遇改善はなされている。マスコミによって介護職のイメージがデフォルメされているからだ」と答え、介護職のイメージ刷新のために、広告代理店経由の広報活動を始めようとしている。
 これは、ますます介護労働者を追い詰める。現場の介護労働の実態とあまりにも乖離した官製フィクションを信じ、人々がサービスを利用したり就職したりしても、すぐさま現実に直面し、その不満と苦情は、広報イメージと異なる生身の介護労働者に向けられるだろう。介護労働者をどこまで痛めつければ気が済むのか。
 介護保険下での介護者は家族の無償労働の代替えではない。介護労働者の十分な人員配置と最低賃金制度を設け、落ち着いた職場環境で、専門家としての知識と経験を積んでもらう。
 同時に在宅で家族などが介護をしている場合も介護報酬が支払われる制度も検討されるべきだと思う。
 介護を受けている高齢者は、先の戦争で「皇軍」「挺身隊」として応召し、青春=戦争だった最後の世代である。
 私は施設で働きながら、お年寄りが人生の最後で日々接する人として、その人生を肯定的に捉えて穏やかに過ごしてしてほしいという強い願いを持っている。老後も国家に棄てられているでは浮かぶ瀬がない
 そのために闘うのは介護労働者の最大の仕事だろう。(おわり)

ちば合同労組ニュース 第94号 2018年05月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈最新スペシャルレポート⑥〉ブラック会社のルール

連載・介護労働の現場から〈最新スペシャルレポート⑥〉

ブラック会社のルール

●破れかぶれの報復

 私の手元には、会社印のある採用通知書、雇用契約書、退職証明書。さらに発行された健康保険証と雇用保険被保険者証のコピー。タイムカードのコピーはないが、出勤日は手帳や日記にも記録してある。1か月分の研修資料、施設のマニュアル。書類だけでも、これらは採用も1か月の勤務実績もあったことを証明している。
 一方、会社は、主張を貫くには、私に関する職員名簿や出勤簿、賃金台帳など、すべてを改ざんしなければならないではないか。破れかぶれの報復はすぐに破たんし、会社のルールは国の法律の前にこうべを垂れるのは明白だと思った。
 なぜ、本社人事課や施設長などの中間管理職が、明らかに違法な会社のルールやブラックな経営に随うのだろう。

●悪の凡庸

 介護施設で働いていると、まるで収容所のようだと感じることがある。起床、就寝、食事、入浴。排せつまでも時間が決まっており、毎日何度もバイタル、食事量や排せつ状態などが詳細に記録され、食べたくないのに食べるように注意され、便がでなければ下剤、尿が少なければ水分補給。
 現場では、介護職が指示命令する立場になり、効率化するために、利用者ができることも取り上げて代わりにやってしまう。長年、施設で働いていると、管理統制のルーティンワークに何も感じなくなる。同調圧力もあり、右から左に流すだけの「作業」に慣れきると、経営者(本社)から施設長を伝わってくる「会社のルール」の違法性、感情的な不快感すらもマヒしてしまっている。
 まじめで勤務態度もいい職員ほど、会社のルールに忠実だ。ハンナアーレントは、ナチの戦犯アイヒマンについて、「アイヒマンは上の命令に忠実に従っただけの凡庸な官僚にすぎない。罪の意識がなかった。」と記述している。

●追い詰められた者の攻撃

 たびたび報道される高齢者施設での介護職員による事件。当の職員は、ほとんどの場合、自覚もなく、虐待、傷害、殺人をやっていることも多い。
 きっかけとなる原因は、入居者が何度もコールを鳴らす、何度も粗相をする…等、ささいなものだ。いちいち対応していては仕事が回らないということで頭が一杯になると保護しなければならない立場の人間に攻撃の矛先を向ける。それは事件を起こした職員個人の属性やストレスの問題ではなく、介護労働の体制や労働環境が導いた必然、起こるべきして起こった事件ではないだろうか。
 特にブラック施設では、会社のルールがすべて。「決まりだから」で、仕事への判断や決定の主体性が損なわれた状態で教育され、連日の過酷な労働でさらに判断力や分析力がもぎ取られる。
 アーレントは「思考することで、人間の善悪や感情がよみがえり、強くなる」という。しかし「介護=弱い人の立場にたつ」ことと、「会社のルールに従う」ことの相反性のバランスをとりながら働くことの危うさ。私にとってはつらい一か月で、今もトラウマとして残っている。
(あらかん)(つづく)

ちば合同労組ニュース 第93号 2018年04月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈最新スペシャルレポート⑤〉短期退職者への報復

連載・介護労働の現場から〈最新スペシャルレポート⑤〉

短期退職者への報復

◎辞めよう

 入社して本社研修後、施設に配属され、5日目でもう耐えきれなくなった。お年寄りをモノ扱いし、介護してやっていると上から目線で接し、弱みにつけこみ、食い物にする。そんなのは、介護ではない。
 高い時給の正体は、(人手不足による)放置とぼったくり。
犯罪ではないか。こんな施設も存在するのだと思った。派遣職員たちは正社員への異動を勧められたのを断わり、月末で全員辞めるという。私も辞めよう。休日一日考えて、決意を固めた。
◎やり直し
 休日に電話で施設長に退職の旨を伝えると、その日に呼び出された。エリアマネジャーと施設長の二人で応接室で1時間半ほど説得されたが、論破し振り切るのはさほど難しくなく、翌日退職届を提出した。
 それから退職まで周りの雰囲気なんかほとんど無視し、自分がいいと思う介護を貫いた。早く新しい職場でやり直して精神的ダメージを回復したかったので就活も始め、届いた健康保険証で、病院の診察を受け、体調も整えた。

◎社会保険を取り消される

 月末に退職し、国民健康保険に切り替えるために健康保険の喪失証明を本社に依頼した。すると人事課の職員が「1か月以内に退社した場合は、社会保険関係は非加入になるので、元の国民健康保険を使ったことにしてもらってください」。
 それじゃあの健康保険証はなんなのかと訊ねると「あの健康保険証は加入を取り消します」という。使った後に? 所定勤務時間などの条件を満たし、たとえ一日でも勤務すれば、社会保険に加入できるはず。
 「その一か月ルールは、国の法律に反する」と言ったが、「会社のルールです」と言い張るので年金事務所に訴える。会社は、年金事務所からの問い合わせに対し、年金事務所は会社のルールに介入しないでほしい旨を言ったそうだ。
 話にならない。社会保険加入の取り消しをして会社になんの得があるのだろうか。会社負担の健康保険料や厚生年金料の節約? なんて会社だ。
 私は、すでに以前の国民健康保険は喪失しており、会社の健康保険は加入資格取り消しで無保険状態になった。さらに使った医療費は保険適用ではなくなるので、7割の追加徴収を求められる。会社の担当者は「10割払えばいいんです」。市の国保課は「年金事務所から社会保険加入取消決定書をもらってくるまでは、国民健康保険証は発行できない」。そうか!社会保険取り消しは短期退職者に対する嫌がらせ、報復が目的なのか。
 年金事務所が、会社の社会保険事務を委託されている社労士を突き止めた。社労士は「(筆者が)採用されず、勤務実態もないというのが会社からの加入取り消しの理由」と答えたそうだ。私は採用もされず、勤務実績もない?
 今度は、私が報復する番だ。泣き寝入りするキャラではない。
(続く)

ちば合同労組ニュース 第92号 2018年03月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈最新スペシャルレポート3〉人手不足下の職員

連載・介護労働の現場から〈最新スペシャルレポート3〉

人手不足下の職員

モノ扱い

 国の配置基準の60%しか人がいない超人手不足、ワンフロアに30人ほどの入居者がいるが、そのフロアの職員配置は、多くて1人、ゼロの日もよくある。入居者の緊急コールは、他の階の職員のPHS電話に受信するようになっているが、手が離せないことがほとんどなので無視する。その結果、事故が多い。
 入居者がベッドから転落してもいいように介護ベッドを一番低位置まで下げ、床にマットレスを敷く。この対象者が異常に多い。そして、マットレス転落は日常茶飯事。落ちた入居者はパニック状態だが、職員が少ないので、発見も遅く、マットレスからはい出し、さらに事故を起こすこともある。
 転落を発見し、看護師を呼ぶ。看護師が来るまでに10分近く、そしてドアの外からちらっと見て「大丈夫よ」。看護師の代わりにバイタルチェックをし、外傷チェックを済ませ、事故報告書を書いて提出したら、先輩に「マットレスの上に落ちたのは事故じゃないから、書かなくていいよ」。どうりで事故報告書件数が異常に少ない。
 過去に、ベッドから床に直接落ちて救急搬送された事故報告書の原因欄には「多動」の文字。寝返りができる人が、動くのは当たり前。それを「多動」とは言わない。むしろ、寝たきりにならないように起きて動いてもらうのが自立支援で、それが介護職の仕事なのだ。「多動」の入居者は、事故から2週間で亡くなった。
 職員は、身体を動かすことだけでなく、コールやおしゃべり、要求や表現も問題行動と捉える。「じっとして」「これをしてはダメ」「何度も言ってるでしょ」「がまんできないの!」の行動制限は、収容所並み。

カポ

 以前に他の施設での介護経験がある職員は、すぐにやめていく。 「こわくてやってられない」
 当然だ。この職場で仕事に慣れるということは、モノ扱いになれるということだ。施設長やリーダーは、そもそも人権感覚があるのかと思うくらい、介護への理解がない。
 でも人間が人間をモノ扱いして平気でいられるものだろうか? 一番長い職員で2年。それでもいつも辞めたいと思っているという。いつも疲れ切って、ストレスからイライラし、虐待まがいの言動がでるのを自覚していた。だからたまに、罪滅ぼしでていねいな介護をするのだそうだ。ナチスドイツの収容所看守、カポは、同郷やお気に入りの収容者にやさしくすることもあったという。
 同期で入った未経験の職員が辞めた。教育、知識、スキルがなくても、恐ろしい職場だ。
 業務過多。ストレス、周りの雰囲気…。そんな中にあっても、虐待を踏みとどまれる何か。そのようなことをいつも漠然と考えていた。(つづく)

ちば合同労組ニュース 第90号 2018年01月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈スペシャルレポート②〉人手不足とは何か

連載・介護労働の現場から〈最新スペシャルレポート②〉

人手不足とは何か

▼人手不足の結果

 人手不足だと、介護職員は時間に追われ、すべてを効率優先、利用者の尊厳は二の次になる。
たとえば居室におむつ替えに入り、ドアを閉めない。うっかり忘れたのではなく、ドアを閉める心のゆとりがない。あるいは、臭いがこもらないように、わざと開けておく。
 これは、性的虐待になる不適切ケアである。さらに廊下にまで臭いが充満し、衛生面でも問題だ。これを他の職員が誰も注意しない。
 また、人手不足というのは、ありえない量の仕事を一人の職員に任せるということである。車椅子の利用者を食堂に移動するために、ベッドから車椅子に移乗し、エレベータ前に十数台ほどの車椅子の利用者を待たせておく。そしてエレベータで4台ずつ運ぶ。すべて一人でやるので、その間待っている利用者たちを見守っている職員は誰もいないのだ。
 夜勤の一人勤務、30人の利用者のバイタル測定の時間が15分。こんな不可能極まりないスケジュールをどうこなすか? 何日前かのバイタル記録の数字を適当にアレンジして15分で30人分記入する。これがオープン以来ずっと続いている。夜勤は1人なので、居室巡回などやったことにすることは日常茶飯事だ。
 身体介護については、障害や病気をもった高齢者に合わせた介助が必要だが、男子職員は声かけもせず、利用者の身体を持ち上げモノを放り投げるようにベッドや車いすに落とす。利用者の不安、痛み、屈辱は表情を見ればわかる。れっきとした身体的虐待だ。
 さらには食事介助は袋にゴミを詰め込むごとくのペース。その他、衣類やシーツ交換を行わない。整容をしない。利用者の髪のもつれ、目ヤニ、洟やよだれのこびりつき、強い口臭…。
 記録上はやったことになっていても、実際は行っていないことは一目瞭然だ。

▼人員配置が足りない

 介護保険法では、3対1の人員配置基準、70人の利用者なら常勤換算で24人の介護職員が必要だ。ところがシフト表では常勤換算で16人しかいない。施設長や事務員は含まない。しかし介護補助という洗濯、掃除、シーツ交換などの業務のパートが10人近くいる。
 数か月前、施設長は介護補助全員に、介護職不足を補うために、業務として排泄介助の一部をやってほしいと提案したが、全員が拒否すると、時給を下げたという。
 職員名簿と勤務実態が果たしてあっているのか? 介護補助も介護職として人員を割り増し、介護報酬や処遇改善金を不正受給しているのかもしれない。
 機械がモノを扱うのではなく、人が人のケアをするのが介護。人手不足は、ケアされる人の尊厳を壊し、そのことによって、ケア労働者は罪悪感から加害者に変質していく。これが介護の人手不足のつらい現実なのだ。(つづく)

ちば合同労組ニュース 第88号 2017年12月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈働き方編15〉労働組合という選択肢(2)

連載・介護労働の現場から〈働き方編15〉

労働組合という選択肢(2) よし、やってみよう

介護労働こそ労働組合

 これまで、介護現場への入職から仲間づくりまでの働き方を書いてきた。これまでの段階で、思っていることを言う→本音で行動する→小さな交渉を重ねる→信頼のおける仲間がかなりの数揃ってきた等の条件をクリアできていたなら、いつでも労働組合を結成することができるはずだ。
 介護労働者にこそ労働組合がふさわしいと思う。労働集約型の介護は、現業職の労働者がほとんどの業態を支えている。現業職がいなければ一日もまわらない。労働者が組合をつくるのは、鬼に金棒持たせたようなもの。
 それに、ほとんどヒラ社員で構成され、出世階段がある仕事ではない。待遇改善、賃金向上を望むなら、出世より組合活動というわけだ。

労組結成

 労働組合を結成するかどうかは、仲間でよく話し合うといいと思う。2人いれば結成できるが、時期と実力を見極めて慎重にやったほうがいい。すでに、利害が対立する経営側と議論できる体制になっており、経営側に影響力をもつ潜在的な力をもっている。
 その上で、これ以上労働条件の改善を労働組合ぬきでやるには無理で、結成メンバーだけでは限界となる時期。経営側と労働者側双方に存在感が高まっていれば、労働者が組合に入るハードルはぐっと低くなる。
 つぎに、労組は任意加入、自主的に団結して自主的に運営する。あたり前だが、幹部にゆだねて代わりにやってもらう組織ではない。新組合員全員に、どんどん役割を振ろう。苦労すると、団結力が強まる。
 組合の役割は闘うだけでない。ぬるま湯の社会福祉法人や新規参入の株式会社などは、現場についてアイデアも費用対効果の考えすらもない。こうやったら利用者が集まるとか、こんな条件ならいい人材がくるとか、労働組合ならそんな提案もできる。そういうアイデアの実現が可能になる労働組合は楽しい。

こんな職場は労組より告発

 労働環境が過酷すぎて新人がすぐ辞めるような現場は、労働者全体が無秩序崩壊状態になっていることが多い。監査や外部調査をウソで固め、虐待、身体拘束や感染症が蔓延していても、壊れた労働者はほとんど罪悪感もない。
 そんな職場の労組は、労働者のモラル欠如とも向き合うことになり、孤立する。労組より行政当局に違法を告発するのが先だ。今日、事業所への行政処分は日常茶飯事。その大半が労働者の告発によるもの。告発後に経営側の対応をみてから、労組結成で打開できるかどうか見極めたほうがいい。

労働組合の社会的役割

 介護の労働組合は、対経営者だけでなく、外に向かって介護労働者の業務や生活実態を発信する役割があると思う。どうしたら、働きがいのある仕事になるか? を提案し、主体的に「働く環境」を切り拓いていく。今は、ほとんどゼロと言っていいほど、現場の労働者からの声や提案が国の政策に届いていない。
 この国の介護を変えていくのは、介護労働者の働き方次第。自らの労働と向き合い、仲間とつながり、地域で専門家としてネットワークの一員となる。従来の要求型、抵抗型、イデオロギー依存型労働組合を超えた介護の職能共同体としての労組が必要な時期だと思う。(了)

【あとがき】

 長い連載でしたが、その一か所でも、「よし、やってみよう」という行動のヒントになれば幸いです。
 最後に、私の5年余りの介護職生活、関わった多くの介護労働者が高齢者を支えるために、悩み、葛藤しながら議論し、辞めないでともに行動してくれたことを忘れない。介護はいい仕事です。
(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第87号 2017年10月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈働き方編14〉労働組合という選択肢(1)

連載・介護労働の現場から〈働き方編14〉

労働組合という選択肢(1)

労働組合? 役に立つ?

▲働かせ方
 なぜ、働くか? 生きていくためには日銭稼がなきゃ。多少、おかしいと思ったことでも、割り切って働けば、そのうち慣れてしまうもんだ。労働とはそんなものだ。
 でも、たとえば、同じ職場で働く仲間が、会社のためにめちゃ残業して、身体はボロボロ、精神不安定、あげく家族とは離別し自殺してしまったら…、弱いやつは仕方ないと割り切れるか? いのちを奪ったのは、経営側の働かせ方、いずれ自分も同じ運命とわかっているが、残された労働者はその職場で漫然と働き続ける。生活は貧困ライン。そんな労働者が介護現場には多い。

▲労働組合、いやだぁ~

 介護のきつい搾取の現場に労働組合は役に立つのだろうか?
 新興産業である介護分野は労働環境が未整備のまま、ひとつの低賃金サービス業界となり、失業者や女性、若者が送りこまれてきた。女性や非正規が多い介護労働者は、労組にはなじみがない。労組の活動内容を知らず、「時代遅れ」「左翼」というイメージ。
 あるいは、この国の労働組合が企業別、男性中心の正社員クラブなので、自分には関係ないと思っている。あるいは、組合費取られて動員かけられるだけで、自分には役に立たないものという認識。会社に搾取され、労働組合に搾取され…、嫌だぁ~という元組合員もいる。
 介護労働の大半が移民の外国では、労組の組織率も高いが、この国の介護分野での労組の組織率はわずか5%。その大半が自分たちの既得権を守っているだけのナショナル労組傘下で、御用組合化している罪は大きい。

▲NEW労働組合

 もうひとつの労働組合のイメージはなぜか「ストライキ」。高齢者は一分一秒でも目を離せないから、ストライキできない。労働組合を作ってもストライキ不可能では意味ないじゃんというもの。
 ストライキの方法なんていくらでもあるし、外国では警察などの公務員もストをやってるではないか。こういう人はストうんぬんというより、介護=聖職、労働組合は反逆者のイメージをもっているかもしれない。
 労働組合のネガティブなイメージをそのままに、いきなり労組結成を説いてもムダ、摩耗するだけ。
まして、最初から政治運動、社会運動と関連づけるのは、労組嫌いを増長させるようなもの。
 労働条件を良くするには、何らかの組織をつくり交渉したほうが有利だし、そもそも、労働組合というのは労働者の相互扶助が目的。そういう前向きでシンプルな議論から始め、新しいイメージの労働組合を介護現場につくることを、来月の最終回のテーマとしたい。(あらかん)
ちば合同労組ニュース 第86号 2017年9月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈働き方編13〉/仲間づくり(3)フットワーク

連載・介護労働の現場から〈働き方編13〉

仲間づくり(3)フットワーク

▲茹でガエル

 国から事業所に払われる介護報酬はどんどん削られて、経営側は経費のコストを下げている。
 いきなり人員を解雇したりはないが、離職した人員の補充をしないとか、パートの増員で補う。ボーナスや手当減給、業務体制の見直し。光熱費、物品などの経費削減…。
 労働者がモチベーションを下げないように、少しずつコストをカットしている。いわゆる茹でガエルの法則で労働者は少しずつ労働強化やブラック化に慣れてしまう。カエルじゃあるまいし、そのたびに労働者は漠然と気づいているが、その不満は声にならない。
 でも、もう労働者はかなり茹で上がっているのだ。これ以上、どんな小さな労働強化にも黙っていてはいけない。

▲軽いフットワーク

 業務の小さな見直し、ちょっとした労働強化や定期以外の異動が、伝わってきたとしよう。黙って受け入れる前に「どうしてそれを行うのか?」「それで、どのようなメリットがあるのか?」「そのメリットは労働者の利益より優先するものか?」を経営側や担当者に聞いてみよう。
 人手不足だからと労働者側がなんでも受け入れてしまえば、納得したことにされてしまうのは自明の理。労働者サイドで考えても理解できないことは、どんなに小さなことでもすぐに訊きにいく。
 一日でも早く、一人でも二人でもいい。そして、上司との小さな交渉は、すぐにメールやSNSなどで発信する。そのフットワークの軽さは必要だ。自分たちだけで事実確認してる間に仲間が茹で上がって死んじゃったら取返しがつかない。また、決定事項でなく、誤報や噂だけの時もある。
 柔軟な行動力は、労働者本位の交渉力につながるだけでなく、労働者が自分の労働について問題意識を持つきっかけになる。介護労働者の自己犠牲的体質を方向転換しなければ、労働環境は良くならない。

▲上司と対等に話す

 介護労働者は、仕事のことで、職場の誰と本音で話せるだろうか? 後輩、同僚、リーダー、主任、部長、施設長…。主任あたりまでは、ふだん接触があるのだから、気軽に本音を話せるようになりたい。
 求人広告などで「風通しのいい職場」とあっても、ウソだろというのが多い。風通しは、自分がドアを開けなければ、よくならない。勇気が必要なら勇気を持とう。嫌な情報もそれが逃避できない現実なのだ。悪く思われたくない、損をしたくないとネガティブに考えず、当たって砕けろと楽観的な突破力を身につける。
 上司とヒラの労働者は、役割が違うだけで、人間としては対等だ。対等なやりとりをすればいいと思う。命令だから従わなければならないのではなく、仕事としてどうなのかで判断することによって、働きやすくなる。他人より自分自身の承認を優先して働く。
 (あらかん)

ちば合同労組ニュース 第85号 2017年8月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈働き方編12〉仲間づくり(2)

連載・介護労働の現場から〈働き方編12〉

仲間づくり(2)コミュニケーション

▼メンタル研修のムダ
 介護労働は、一日中歩き回っているといっても過言ではない。勤務中、他の職員と業務以外で口を利くヒマもない。シフト制で勤務時間が合わないので、帰りに飲み会なんてまずない。プライベートなことはほとんどわからない。
 そんな薄い関係でどうやって仲間づくりができるんだろう。仲間どころか労働に対する感想や不満を話す機会もなく、一人で労働のつらさやストレスを背負い込み、メンタル不調になっても無理して対人職をこなし、もう叫びたくなるような心の状態で勤務し、ついにバーンアウトで退職…が介護労働者の典型的な離職パターン。
 それに対し事業所は離職対策として、メンタル研修をやり、外部から来た講師が「規則正しい生活をしよう」「睡眠をとろう」「趣味を持とう」「合コン行ったら」と得意げにアドバイスする。
 ほんとムカつく。そんなこと到底できない働き方を強制してるのは経営側なのだ。こんなムダな研修に労働時間を奪われ、研修当日はサービス残業必至。参加者から搾取した残業代が講師のギャラに化ける。

▼ナンパする

 自分のメンタルは自分で守る。メンタル不調の原因となっている労働の問題は労働の改善でしか解決できない。一人ではできない。仲間が必要だ。コミュニケーションは自分で作る。会う機会を必死で見つけ労働の問題を話すのだ。
 仕事場以外どこで、会える?
更衣室、休憩室、職員トイレ、エレベータ、物品倉庫、洗濯室、喫煙所…。それらの場所で職員の姿を見つけたら、「お疲れさま」だけで済ませてはいけない。ナンパに躊躇(ちゅうちょ)してたら、仲間はゲットできない。まず顔の筋肉をゆるめ、チャラ男、おせっかいおばさん、ヘラヘラ女に瞬時に変身! 近寄って声をかけ、自己紹介してみよう。
 ほとんどの職員はコミュニケーションに飢えているのか、警戒心がなくナンパの成功率は高い。

▼秘密結社

 ナンパの壁を突破してもオルグするぞと暗い欲望を丸出しにしてはいけない。きつい労働やめんどくさい利用者も笑わせるネタに変えて、この人と話してると楽しいと思わせる。
 そのうち、ナンパ師が更衣室とか休憩室に行く時刻に合わせてくれるようになると、自然と仲間ができ、携帯メールの交換→情報共有が可能になる。休憩室にバレンタインチョコや誕生日プレゼントが積んであったりする。居酒屋やランチに誘っても都合をつけてくれて、さらに仲良くなる。
 次に、仲良くなったのを愚痴や気晴らしに終わらせない。「更衣室情報部」とか、「非非会議(非常勤非公式会議)」とかネーミングすると、秘密結社みたいで楽しいよ。そして行動は小さな反乱から始める。少人数の行動でも、メールやSNSを通じ、情報は、事業所全体に伝わる。経営側の言動は晴天白日の下にさらされる。もみ消すことはできない。(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第84号 2017年7月1日発行より

連載・介護労働の現場から〈働き方編10〉

連載・介護労働の現場から〈働き方編10〉

介護は専門職

*偏見と蔑視に満ちた仕事

 介護は、以前は家族の役割であった。子どもを育て、お年寄りの世話をするのは、家族の無償労働であり、主に女が担ってきた。
 2000年から介護は措置ではなく、保険制度による国との「契約」となり、介護という仕事も、労働者としての対価が与えられなければならなかった。
 しかし、訪問介護にしろ、施設介護にしろ、女なら誰でもできる仕事としていまだに過小評価され、買いたたかれている。誰に?
 経営者に、利用者に、その家族に、そして何よりも国から買いたたかれている。
 やってみればわかるが、介護という職業は単にお世話をすることではない。食事、排泄、入浴などを安心、安全に介助する肉体労働、高齢者一人ひとりの身体状況や精神状態に関する多分野の知識と、洞察力や判断力、想像性、推進力……それらをフル動員する頭脳労働。そして、自分の感情をコントロールし、気遣い、心遣いをする感情労働。相手の立場で共感する能力、家事の知識も必要だ。その上で、偉そうな素振りはなく、親しみやすさがにじみ出ているキャラが身についている。

*PDCA

 まったくもって人間力が必要なクリエイティブな仕事で、それが介護というケア労働の醍醐味。偏見・蔑視と低賃金、過重労働のなかで、介護労働者を支えているのは、仕事に対する専門職としての誇りだ。
 今の介護労働の現場は、人権無視は日常茶飯事で、普通に働いていたら辞めて当然の職種だ。
 介護の仕事が好きになり、介護職を続けたければ、専門職として研鑽を積むしかない。職場の内部、外部研修がない場合、自腹で外部研修に参加するか、ネットや書籍で学ぶことになる。
 そんなにまでして知識を蓄えるのは、不確かな知識では家族や医務やケアマネを説得できない、つまり高齢者を支えることができないからだ。待遇改善を要求するにも、バックボーンは専門職としての矜持だ。
 介護職は専門職。専門職としての誇りをもって働こう。管理経営の素人の輩からの押し付けには怯むことはない。どんどん現場で企画し、実行し、改善し、突き進もう。ケアマネや医務を巻き込めば、管理職は「勝手にやるな」とは言いにくい。
 クレームには「PDCA(Plan Do Check Action)やってんだから」と言い返せばいい。管理職は横文字や生産管理用語には弱い。管理職を煙に巻いてるスキに、ケアのやり方から働き方まで労働者で変革していく。

*「たかが…」からの離脱

 かつて公共部門の民営化で多くの現業部門、たとえば保育士、栄養士、司書…そのほかの技能職が非正規化されたときに、「たかが子守り」「たかが給食のおばさん」「たかが本貸し」などと専門職を蔑み、行革を推進したことを忘れない。「たかが…」なんて言わせない。専門職の誇りをもって働こう。(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第82号 2017年05月1日発行より

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