映画紹介『我らの生活』

映画紹介

『我らの生活』

 ローマ近郊の建設現場監督のクラウディオ。愛する妻と2人の子ども。妻はまもなく3人目を出産だ。しかし出産時に妻が亡くなる。妻の死を受け容れられないまま3人の子どもを抱える主人公。ある日、クラウディオは現場で事故死したルーマニア人の警備員の死体を発見する。「工事がストップすれば全員が失業」「死んだのは家族もいない不法滞在者だ」と話す上司。主人公も半ば納得し、それどころか半ば脅してビル建設の仕事を請負う。裏稼業の友人から着工資金を借り、妻の死を忘れるかのようにビル建設にのめり込む。
 しかし、無理な工期、完成段階に応じて一部ずつしか下請代金が支払われず、完成しても赤字ギリギリ。どこまでも元請に有利な仕組みなのだ。結局、低賃金の不法移民労働者を雇わざるを得ない。
 現場作業が遅れ元請から責められクラウディオはいら立つ。労働者に賃金を払えず、欠陥設計で雨もりが。納期の延長を懇願するが拒絶され、追い詰められたクラウディオは妻の遺品を売って金に変え、わずかな資金を作業員に渡して一緒に会社を作ろうと持ちかけるが労働者は立ち去る。
 断崖絶壁に陥るが、息子たちに励まされ、兄姉たちも援助を申し出る。母の形見を渡す兄。すすり泣く主人公。通常の3倍の賃金を払って腕の良い職人を雇い、ついにビルは完成。なんとか兄姉には返済できたが自分は無一文に。母の遺品も売らずにすみ兄に返してゼロからやり直すことを誓う。
 周りの支えで失意の主人公が立ち直る月並みのストーリーですが、なかなかのリアリティ。欧州の下請けの仕組みと不法滞在労働者の実態を垣間見ることができる。

ちば合同労組ニュース 第95号 2017年06月1日発行より

映画紹介『鉄くず拾いの物語』

映画紹介『鉄くず拾いの物語』

 わずか230万円の資金、9日間で撮影された映画がベルリン国際映画祭で主演男優賞(銀熊賞)など3部門を受賞。ボスニア・ヘルツェゴヴィナに暮らすロマ一家を描く。
 ロマは中東欧に居住する約1200万人の移動型民族で欧州最大のマイノリティグループとされる。ボスニア戦争に従軍した夫ナジフは鉄くずを売って一家を支え、妻セナダと2人の娘の家族で貧しくも幸せに暮らしていた。
 ある日、車の解体作業を終え帰宅したナジフは妻の腹痛に気づく。病院へ急行した2人に告げられたのは流産と手術費用980マルク(約6万円)。「保険証がなければ手術はできない」。今すぐ手術をしなければ敗血症で妻の生命は危うい。「分割で払う」と懇願するが受け容れられない。やむなく帰宅するが体調が悪化し病院を再訪する。だが門前払いに。
 妻を救うため必死に鉄くずを集め、兄弟や隣人の助けを請い、国の組織に助けを求めるナジフ。組織の女性が一緒に病院に掛け合うことになるが病院に2度も拒否された妻は「行っても意味がない」と心を閉ざず。結局、その窮地を救ったのは妻セナダの妹が持つ「保険証」だった――
 息が詰まるような緊迫感が漂う映画。後で知ったのだが、実話がモデルで地元紙の記事を読み、村を訪れた監督が本人たちに演じることを提案したのだ。映画に登場する大半が実際の出来事で同じ役割を担った人びと。違うのは医者を演じた2人だけ。
 旧ユーゴを解体したボスニア戦争から約20年。「社会主義」が崩壊し、労働者階級の力が失われた現在の中東欧社会の深層断面を鋭く描く。何度も映り込む異形な巨大発電所は何を象徴するのだろうか?

ちば合同労組ニュース 第93号 2018年04月1日発行より

映画紹介 生きる』(1952年 黒澤明監督)

 映画紹介 『生きる』(1952年 黒澤明監督)

 有名な黒澤映画です。題名となった「生きる」という普遍的テーマを描いた映画ですが、喜劇であることを忘れて色々力説したくなるのが名作の持つ力なのかなという感じです。
 市役所で市民課長を務める渡辺は、かつての仕事への情熱を忘れ、書類に黙々と判子を押すだけの無気力な日々。市役所内は縄張り意識が強く、住民の陳情はたらい回し。
 渡辺は体調不良で医師の診察を受ける。医師から軽い胃潰瘍(いかいよう)と告げられるも胃ガンで余命わずかと悟る。不意に訪れた死の恐怖。彼はあと1か月で30年間無遅刻無欠勤だったが市役所を無断欠勤し、パチンコやダンスホール、ストリップショーを巡る。ある日、おもちゃ工場に転職した元部下と遭遇。渡辺は若い彼女の奔放な生き方、生命力に惹かれる。自分が胃ガンだと伝えると彼女は工場で作ったおもちゃを見せ「あなたも何か作ってみたら」。その言葉に心を動かされた渡辺は「まだできることがある」と市役所に復帰する。
 5か月後、渡辺は死ぬ。通夜の席で同僚たちが渡辺の様子を語り始める。渡辺は市役所に復帰後、保守的な役所の幹部らに粘り強く働きかけ、ヤクザの脅迫にも屈せず、住民の要望だった公園を完成させ、雪の降る夜、完成した公園のブランコに揺られて息を引き取ったのだった。
 事情を知った記者や焼香に来た住民を前に気まずくなった助役ら市幹部が通夜の席から退出すると同僚たちは口々に「お役所仕事」への疑問を語り、渡辺の功績を讃える。しかし翌日、市役所では新課長の下いつも通りの「お役所仕事」が続く。だが新しい公園では子どもたちの笑い声が…。主演の志村喬の爛々と光る眼差しは怪演で印象が強い。

ちば合同労組ニュース 第92号 2018年03月1日発行より

映画紹介 『ちょっと今から仕事やめてくる』

映画紹介 『ちょっと今から仕事やめてくる』

 いかにもネット小説を映画化みたいなタイトルで敬遠していたが意外に良かった。労働組合のニュースに掲載するにはやや複雑な心境ですが、こういう映画もありなのかも。
 そこそこの大学を卒業し、中堅の印刷会社に就職した主人公の青山隆。だがそこはブラック会社だった。部長から毎日の苛烈なパワハラ。150時間を超えるサービス残業、達成不可能なノルマ、無意味な朝礼や社訓。「遅刻は10分千円の罰金」「有休は身体がなまる」と毎日唱和。青山は疲れ果てて駅のホームで無意識に電車に……だが衝突の直前、小学校時代の同級生ヤマモトと名乗る男が彼の腕を引く。
 ヤマモトは、関西弁で爽やかな笑顔の謎の男。彼と出会い青山は次第に明るさを取り戻す。そんなある日、青山はヤマモトが3年前に自殺していたことを知る。あの男は一体何者なのか? やがてヤマモトのウソもばれるが〝おせっかいな関西人〟との友情も深まり、青山は仕事も順調に。ところがまさかの大失敗でまた元の状態に。パワハラ部長が「悪いと思ってるなら土下座ぐらいするもんだろ」と書類で頭をバンバン叩く場面は真に迫る演技。
 いくつか場面転換があり〝今から会社やめてくる〟の終盤に向かう。懲戒免職の脅しに青山は「それでもいい。3日前までは屋上から飛び降りようと思っていた」「部長もできれば休んで下さい」。実は、営業部で成績トップ、憧れの五十嵐先輩が成績ダウンの恐怖に追い詰められ、青山の発注書を書き換えて仕事を奪ったことが明らかになる。
 なぜヤマモトは青山を助けたのか真実が明かされるラスト。青山役の工藤阿須加はピッタリ。プロ野球の工藤投手の息子です。

ちば合同労組ニュース 第91号 2018年02月1日発行より

映画紹介 『学校』

映画紹介『学校』

 山田洋次監督の1993年の作品。東京下町の夜間中学を舞台とした教師と生徒たちの群像劇。焼肉店を営む在日朝鮮人のオモニや日本社会になじめない中国人、不登校や不良少女、昼間は働く勤労青年らと教師たちを描く。
 卒業式が近い冬の夜、国語の授業で生徒たちが卒業文集のための作文を書く。担任の黒井(西田敏行)は、生徒たちとの思い出を回想。療養のため故郷の山形に戻ったイノさん(田中邦衛)の「卒業式には出たい」という手紙を紹介する。
 イノさんは、父と妹が亡くなったことで幼い頃に家出し、以来、学校に通うことなく肉体労働の職を転々してきた50歳過ぎの初老男。ようやくメリヤス工場の社員となり、故郷の母の死を知って決心して夜間中学に通うことにしたのだ。
 競馬だけが楽しみで孤独に生きてきた初老男の初めての学校生活。字を書く喜びを実感し、修学旅行で級友とはしゃぐ。「ハガキを出す」という宿題では、1週間かけ、思いを寄せる中島先生(竹下景子)に恋文を送る。中島先生に相談を受けた黒井が間に入るが、2人に笑いものにされたと思い、酔って絡むイノさん。学校に登校しなくなった彼を心配して黒井はアパートを訪ねる。実はイノさんは長年の苦労で身体はボロボロ、すでに手の施しようのない状態だった。
 授業中に山形から訃報が入る。次の授業時間、教室では臨時のホームルーム、イノさんの死を通して「幸福とは何か」を問う。
 イノさんのモデルは実在の人物。映画のエピソードもほぼ事実。有馬記念のオグリキャップの勇姿を唾を飛ばしながら語る名場面、田中邦衛の芝居は唯一無比の存在感。お涙頂戴の映画とはひと味違うものにしている。

ちば合同労組ニュース 第90号 2018年01月1日発行より

映画紹介 『エリックを探して』

映画紹介『エリックを探して』

 先月に続きケン・ローチ監督の作品。荒唐無稽なストーリーですが彼の映画では一番好きかも。仲間と共に人生の危機を脱する郵便配達員の魂の再生物語。神は細部に宿る。仲間との軽妙なやり取りが非常に説得力ある映画にしています。
 主人公は、労働者とサッカーの街・マンチェスターの郵便配達員エリック。2度目の妻の連れ子である10代の少年2人との3人暮らし。失敗続きの人生で憂鬱なエリック。30年前に別れてから会わずにいる最初の妻と再会の機会。しかし気後れして姿を現すことができず動揺した帰路での交通事故。
 心配した配達仲間が励ますもますます自信喪失。エリックは寝室でマンチェスター・ユナイテッドのスーパースター選手エリック・カントナのポスターに向かって「一生後悔するような失敗をしたことは?」と話しかける。すると背後から「君はどうだ?」。振り向くとカントナ本人の姿。カントナは「ひげを剃って会いに行け」とアドバイス。エリックはようやく元妻に話しかけ、距離を縮めることができます。
 一方、息子のライアンはギャングとの関わりを断ち切れずに拳銃を預かる。エリックはギャングに銃を返しに行くが逆に脅され持ち帰る。窮地に追い込まれるエリック一家……
 カントナは人生をサッカーに例える。「すべてはパスから始まる」。彼のサッカー人生で最も輝やかしい一瞬は素晴らしいシュートではなく、仲間を信じてアシストしたパスこそが最も誇らしい、と。「君には仲間がいるじゃないか」
 仲間たちの大作戦でギャングを懲らしめる。「あの家族に手を出すな。逃げても無駄だ。絶対に見つける。なぜなら俺たちは郵便配達員だからだ」。実に痛快です。パブでのサッカー談義もしびれる。

ちば合同労組ニュース 第88号 2017年12月1日発行より

映画紹介『わが谷は緑なりき』

映画紹介『わが谷は緑なりき』

 『駅馬車』『荒野の決闘』のジョン・フォード監督。舞台は1870年代の英国ウェールズの炭坑町。名作です。
 故郷の谷を去ることとなった主人公ヒューが少年時代を回想。モーガン家の男たちは末っ子ヒューを除きみな炭坑夫。父と5人の兄はその日の稼ぎを母に渡し、姉アンハードが用意したお湯で身体を洗い、食事につくのが日課だった。アンハードは長男の結婚式で、新たに赴任してきたグリュフィード牧師と出会う。
 数日後、会社の賃金カットに反対して息子たちは組合結成を決意する。だが父の反対にあい家を出る。やがてストライキとなり父は仲間から非難を浴びる。集会で反論した母は帰り道、真冬の川へ落ち、助けようとしたヒューが重度の凍傷に。絶望するヒューの力となったのが牧師だった。姉と牧師は互いに惹かれてゆく。だがアンハードに炭坑主の息子との縁談話が持ち上がりグリュフィードは身を引く。
 やがてヒューは隣町の学校に。貧しい炭坑夫の息子とからかわれケンカに。谷の人びとは憤慨しヒューにボクシングを教える。ガキ大将からも一目置かれ、首席で学校を卒業。
 ストライキは終わったが炭坑の仕事は激減。兄たちは新天地を求めて谷を去る。長男が事故死し、ヒューは進学をあきらめて炭坑で働き始める。姉は結婚生活が破綻し谷へ帰ってくるが牧師との心ない噂を立てられる。牧師は谷を去ることに。その時、炭坑から落盤事故を知らせる警笛が鳴り響く…
 そして冒頭シーン。「今はボタ山となったこの谷も、かつて人の心は清く美しい緑の谷だった」。『天空の城ラピュタ』のモチーフの一つとされる映画です。

ちば合同労組ニュース 第87号 2017年10月1日発行より

映画紹介『国際市場で逢いましょう』

映画紹介『国際市場で逢いましょう』

 戦後の韓国の歴史を生き抜いた人間の一生を描き、非常に濃密な物語だ。韓国では歴代動員2位の大ヒット作。
 朝鮮戦争、中国軍参戦で米軍が一般市民1万7千人と共に興南港から撤収した有名な作戦がある。冒頭シーンは迫力映像。まだ幼い主人公は背負っていた妹を見失う。父が「今日からお前が家族を守れ」と言い残して妹を探しに下船する。
 父と再会を約束した釜山の国際市場で主人公は母と2人の弟妹と共に育つ。やがて成長した主人公は、弟の学費や家計のため西ドイツの炭鉱への出稼ぎに。さらにはベトナム戦争に民間技術者として従軍。危険な炭坑や戦場で何度も死線をさまよって…という話。映画は、現代から過去を回想する展開なのだが、国際市場で学生たちが外国人労働者に嫌がらせをするのをみて老人となった主人公が激怒し、学生とつかみ合いになる場面が印象的で、重要な伏線になっている。
 60~70年代、韓国からは大勢の炭鉱労働者・看護師が西ドイツに出稼ぎに行った。危険で過酷な労働。韓国はベトナム戦争には延べ30万人もの兵士を送った。これにより朴正煕政権は米国から巨額のドルを獲得し、ベトナム特需で韓国の財閥は生まれた。韓国労働者には日本とは違う歴史がある。
 終盤、生き別れの妹と再会する。韓国の放送局が83年に特別番組「離散家族を探しています」を企画。当初100分の放送予定が大勢の離散家族が押し寄せて138日453時間余の生放送が続いた実話に基づく。ただ圧倒される。
 韓国の歴史における重要な出来事と1人の人間の歴史を1本の映画にした力作。『3丁目の夕日』より断然おすすめ。

ちば合同労組ニュース 第86号 2017年9月1日発行より

映画紹介『リフ・ラフ』/ケン・ローチ監督-1990年制作

映画紹介『リフ・ラフ』

 労働者階級を描くイギリス映画は何本も観たが、労働者の連帯感や暖かみを感じる、そんな思いを強くさせる映画だ。ケン・ローチ監督で1990年制作の映画。サッチャー政権時代の最後あたりのロンドンが舞台。
 主人公スティーヴは刑務所を出た後、建設現場の仕事に就く。そこでは雇用保険も払わない雇用主がムショ帰りや偽名などワケありの労働者を日雇いしている。現場責任者の口癖が「毎週木曜日は給料日。しょーもない奴はクビになる日だ」。
 映画は主人公が路上で寝袋で寝ているシーンから始まるのだが、新入りに住む所がないことを知ると、みんなで「空きビル」へ引っ越し作業。スクワットと言い、空きビルや空き家を占拠して住むことは欧州ではよくあるらしい。
 建設現場では、互いにからかったり、助け合ったり。かと思えば、賭博や、偽名のため賃金の小切手を換金できない労働者から手数料をぼったくろうとしてケンカになったり…
 ある日、スティーヴは現場で忘れ物のバッグを見つけ、歌手志望のスーザンと知り合う。彼女が歌う酒場のステージに仲間と出かけるが、ちょっとした「騒動」が起き、スーザンが『With A Little Help From My Friends』を歌う。「自分は歌うのが下手だけど、君のような友達がいればなんとかやっていける」という歌詞。かつてなくビートルズの曲がイカした感じに聞こえた。
 映画は、スーザンともハッピーエンドにならず、組合活動家ラリーの解雇や仲間の転落死と続く。主演は『トレインスポッティング』に出演したロバート・カーライル。彼の軽快な感じが映画を成り立たせる。最終シーンはトレスポのノリだ。

ちば合同労組ニュース 第85号 2017年8月1日発行より

映画紹介 『サンドラの週末』

映画紹介『サンドラの週末』

 ソーラーパネル工場で働くサンドラ。体調を崩して休職していたが復帰のメドが立った矢先の金曜日、上司からの電話で解雇を告げられる。臨時ボーナスかサンドラの解雇かの職場投票で16人中14人が賛成したというのだ。同僚のとりなしで、週明けの月曜日に再投票を行い、過半数がボーナスの放棄に賛成すれば解雇を撤回することに。仲間を取るかボーナスを取るか――週末、サンドラは家族と仲間に支えられながら、同僚たちを説得するため奔走する……という話。
 念のため、労働組合の実務においても法律においても絶対に認めることができない不当解雇であることは付記しておきますが、それでも興味深い設定の映画だった。

 ある同僚は配偶者が失業し、ボーナスがなければ生活できないと訴える。ある者は生活費が足りず週末も別の仕事。移民の非正規労働者は今度は自分がクビになると苦悩。仲間を裏切ったことに罪悪感を持ち、サンドラの訪問に涙を流す者。ある女性労働者は夫とサンドラの間にはさまれ葛藤。この町では転職しようにも仕事はほとんどない。ようやくありついた仕事を簡単に手放すことはできない。ボーナスも切実だ。
 サンドラは何度もあきらめ泣きわめく。「自分は必要ない人間なのか」「会社に残れたとして仕事を続けられるのか」。彼女が生きる自信を取り戻すため必死で支える夫や仲間。

 解雇投票は極端でずいぶん後退したラインでの労働者の闘いという印象もある。でも外注化や非正規労働者の導入など同じ状況はどんな職場にもある。職場の労働者全員と向き合い、討論する――ここに普遍性と可能性を見た思いがする。

ちば合同労組ニュース 第84号 2017年7月1日発行より

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