連載 千葉巡礼―土地の歴史と風土、産業を訪ねて―② いすみ鉄道

 大原駅が起点の「いすみ鉄道」。国鉄の木原線を引き継ぐ第3セクターだ。木原線はもともと久留里線と結んで大原~木更津間を結ぶ鉄道として計画された。路線名は木更津と大原に由来。しかしトンネル掘削など山間部の難工事が予想され接続を断念。木原線は上総中野で、他方の久留里線は上総亀山で建設がストップ、残り約10㌔で接続できなかった。木原線は後に小湊鉄道と接続した。もし久留里線とも接続していれば物流や観光客の流れも違ったと思われる。

 いすみ鉄道は24年10月の脱線事故から復旧していない。以前から「脱線の恐れあり」と保線不備の行政指導を受けていたが放置された。同鉄道は慢性的な赤字が続き、公募社長が就任し、訓練費用700万円の自己負担で運転士採用プランを実施するなどして全国知名度を高めた。

 いすみ鉄道の拠点は大多喜駅で、古くから城下町として栄え、大多喜城は徳川四天王の本多忠勝が城主だったことで知られる。戦争中はガソリン不足を補うために地元産出の天然ガスを動力とした時代もあったそうだ。

 外房線の大原~勝浦駅間は1913年に開通。だがその先は地盤が複雑で工事が難航。昭和に入ってようやく上総興津、安房鴨川へ延伸した。御宿駅近くの海岸は童謡『月の砂漠』で知られる。

 昔は、「東海汽船(現在は東京と伊豆諸島などを結ぶ航路を運航)」が房総航路を運行していた。やがて鉄道に押されて撤退した。勝浦市は海水浴場などリゾート地としても知られる。通年で温暖、カツオ漁獲は関東最大。勝浦朝市は日本3大朝市として知られる。(T)

いすみ鉄道の写真

ちば合同労組ニュース 第188号 2026年3月1日発行より

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