「時間」による労働規制を解体する歴史転換的な動き

過労死遺族の会の写真

高市首相が裁量労働制拡大を提唱

 高市首相は2月20日の施政方針演説で「裁量労働制の見直し(拡大)」を明言した。「成長のスイッチを押し続ける」という威勢の良い言葉で、労働者の生命と健康を守る「労働時間規制」を破壊する危険な意図をごまかされるわけにはいかない。

 「ワークライフバランスという言葉を捨てる」「馬車馬のように働かせる」――高市首相の長時間労働賛美。労働運動や過労死遺族が築き上げてきた歴史的権利を守るため断固として反対の声を上げなければならない。

裁量労働制とは

 裁量労働制が日本に初めて導入されたのは、1987年に労働基準法の大改定が行われた際。当初は「専門業務型」に限定され、高度な専門性を持ち、仕事の進め方を自ら決定できる職種に限るという極めて例外的な扱いだった。

 本来、労働基準法は「労働時間は1日8時間」という物理的枠組みで労働者を保護する法律である。しかし、1990年代後半から経済界の要望を受ける形で、その適用範囲は「企画業務型」の導入(98年)など、なし崩し的に拡大されてきた。

 裁量労働制は8時間労働の大原則に対する「例外」であったはずだが、例外的制度を「標準」へと格上げし、労働時間規制そのものを無効化しようと企んでいる。

 安倍政権時代の18年に「働き方改革関連法」の目玉として裁量労働制のさらなる拡大が画策されたが、安倍首相が国会答弁の際に「裁量労働制で働く人の方が労働時間が短い」と述べた根拠が厚生労働省による「データ捏造」であったことが発覚し、断念に追い込まれた。

 裁量労働制は、実労働時間に関わらず労使で決めた時間を働いたと「みなす」制度である。財界などは「仕事の進め方を自分で決められる自由な制度」と宣伝するが、その実態は「定額働かせ放題」の装置にほかならない。

 そもそも、課される「業務量」そのものには裁量がなければ、過大な仕事量を押し付けられたら労働者は深夜・休日を問わず働かざるを得ない。しかし、どれだけ働いても「みなし時間」を超えた分の残業代は支払われない。

 これは労働者の「自由に働く権利」などでは断じてなく、企業の「際限なく働かせる権利」を容認するものにほかならない。

8時間労働制の解体

 労働時間の歴史を紐解けば、1日10~16時間の長時間労働や児童労働など過酷な労働条件で労働者が著しく短命だった19世紀の過酷な工場労働の実態から工場法が制定された。メーデーは1886年5月1日に米シカゴの労働者が8時間労働制を求めて行ったゼネストに由来する。

 第1次大戦とロシア革命後の1919年に、ILO(国際労働機関)が「1日8時間・週48時間」を定めて以来、労働時間は「時間」という客観的な指標で規制されることが世界標準となった

 なぜ「成果」ではなく「時間」なのか。それは、成果の評価は主観的かつ不透明であり、労働者の生体リズムを守るための唯一の絶対的な防波堤が「時間」だからである。

 裁量労働制の拡大は、この百年以上にわたる労働組合の闘いの成果を、デジタル化や国際競争という名目で「解体」する歴史的暴挙である

過労死遺族の訴え

 「長時間労働を美徳に戻さないでください」――過労死遺族の言葉は重い。電通の新入社員だった高橋まつりさんを亡くした母・幸美さんは、「長時間労働を前提としない働き方が社会に根付いていたら、娘は生きていた」と訴え続けている。

 実際に、裁量労働制下での労災認定は後を絶たない。24年度の統計でも、脳・心臓疾患や精神障害(心の病)による認定が相次いでいる。野村不動産での特別指導事例(違法適用が過労自殺で発覚)を見ても分かる通り、裁量労働制はひとたび濫用されれば、労働者を文字通り「使い潰す」システムへ変貌する。

 現在、労働政策審議会で進められている議論は、人手不足を理由に労働規制を緩和し、一人当たりの労働密度と時間を極限まで高めようとするものだ。これは「柔軟な働き方」ではなく、労働力のダンピング(不当廉売)を政府が追認する行為に等しい。

 裁量労働制の拡大は、労働基準法を「労働者を守るための法」から「企業がコストを調整するための法」へと根本から変質させる。金銭解雇制度や過半数代表制度、「労働者」「事業場」概念の再定義…労働法の意味を一変させる動きが加速する。要注意だ。

ちば合同労組ニュース 第188号 2026年3月1日発行より

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