戦争法案の背後にあるもの

戦争法案の背後にあるもの

今こそ「ちば合同労組」の本格的発展を

安保法案に反対する国会闘争の関係で、定期大会の日程が大幅にずれ込んでしまいました。申し訳ございません。しかし私たちの未来がかかった重大な闘いです。組合員の皆様の御理解をお願いいたします。

国会には、老若男女、本当に多く人びとが集まっていました。国会議事堂の前に立って思ったことは、政府の狙いが世界経済の動向や日本の国内政治とは無縁ではないことです。
アベノミクスの化けの皮もはがれて株価は低迷し、長引く不況に加えて中国ショックで日本経済はどうにもならない状況へ向かっています。
この危機をのりきるために、かつてのナチスがやったように排外主義で人びとの意識をそらし、戦争で労働者に犠牲を転嫁しようとしているのではないか。

しかも経団連が9月10日、武器など防衛装備品の輸出を「国家戦略として推進すべきだ」とする提言を公表しました。目を疑いますが本当のことです。
中東・欧州では難民が大きな問題になっていますがイラク戦争以来、世界中で戦火が拡大しています。財界は本気で日本ブランドの武器で儲けようと考えているのです。

n0063_01_01b こういうことが安保法制の背後にあるのではないでしょうか。戦争は国内政治の継続とも言います。中国脅威論やさまざまな差別排外主義に乗っかって戦争を容認した途端に、労働者の生活や人として生きる権利は踏みにじられてしまします。
戦争の歴史をくりかえしてはなりません。1%の支配階級と99%の被支配階級のこの社会を根底からひっくり返すために、今こそ階級的労働運動の旗を掲げて前進していきましょう。(委員長)

ちば合同労組ニュース 第63号(2015年10月1日発行)より

連載・介護労働の現場から〈29〉 有料老人ホーム

連載・介護労働の現場から 〈29〉

有料老人ホーム

ハローワークの「介護労働相談窓口」は2ブースあり、一般の労働相談窓口がいつもチョー混みなのに比べて、ほとんど待っている求職者がいない。
手持ちぶたさの係はおしゃべりしながら、登録者への電話かけやダイレクトメール封入作業をやっている。
登録すると毎週、電話や求人情報大量掲載のダイレクトメールが来る。介護フェアといって求人側企業が一堂に介す就活イベントも月に一回はある。それでも人が集まらないのだ、介護業界。
私みたいな中高年リストラから若年ニート層まで、年齢、経験不問。よほどじゃない限り、応募者は全員採用されるといっても過言ではない。

私は、ハローワークや登録した複数の介護求人のウェブサイトのおかげで求人トレンドに詳しくなり、条件を絞った。「週5日フルタイムパート、時給千円以上、社会保険完備、残業代支給。交通費全額支給、制服支給、タイムカード設置、更衣室ロッカーあり、健康診断や研修費は会社持ち…」。当たり前の条件が自分でもおかしかったが、その条件で絞ると、有料老人ホームが数件しかなかった。
当時の有料老人ホームは今ほど多様化していなくて、60~65歳以上なら、元気なうちから入居することもでき、食事・家事、介護や医療連携、通院・リハビリ・文化サークル・旅行・生活相談など、一切合財のサービスがあり、老後は安心。設備やサービス内容によって料金もさまざまであるが、比較的富裕層が多く、お金がなきゃ入れないとよく言われる。
働く立場から言うと有料は、暴力や暴言、奇行、窃盗など行動に問題のある人はお断り、あるいは退去という契約なので、重い認知症はいない。

n0063_03_01a また、介護施設(特養、老健、グループホーム)は支出の7~9割が国からの介護報酬による人件費だが、有料の人件費は5割程度。つまり、人件費を抑えなくても入居金など他で儲かるし、逆に人手が足りないとクレームが来るから、人手不足にしないために、労基法遵守はもちろんのこと、労働条件や時給がいい。

私は考えた。有料老人ホームは入居者自身(あるいはその身元保証人)が選択し、契約する。そして、介護職は介護サービスを提供するだけ。その他の調理、家事、生活相談などは別のサービス係がいる。
これまでの、利用者から介護以外でふりまわされる有象無象、認知症の問題行動がないだけでどんなに楽か。それに、介護に必要なバリアフリー、介護用ベッドやトイレ、入浴設備。冷暖房完備。考えただけで夢のようだ。有料老人ホームで介護のスキルを磨こう。
私は、全国展開している有料老人ホームに応募した。東京近くなので時給は千円。(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第63号(2015年10月1日発行)より

事故の責任は会社にある! 東京北部ユニオンアミーユ支部の声明より

事故の責任は会社にある!

東京北部ユニオンアミーユ支部の声明より

Sアミーユ川崎幸町での「入居者の連続転落死亡事故」「浴槽内での死亡事故」「職員による暴行・虐待」が大きくマスコミで取り上げられています。以下は、合同一般労働組合全国協議会の東京北部ユニオン声明の要旨です。

私たちは、一連の事故の責任は会社にあると考えます。けっして労働者個人の責任にしての幕引きは許されません。
〈介護現場の崩壊〉は、介護保険制度導入で介護が「儲けるための産業」になったことに根本原因があります。労働者を低賃金で働かせ、できるだけ少ない人数で業務を行い、お金のかかる安全対策はないがしろにされています。介護の知識や経験のない他業種の企業が参入したことも介護現場を劣悪にした大きな原因です。

Sアミーユを経営する「積和サポートシステム」は、「メッセージ」と積水ハウスが共同出資した合弁企業です。メッセージグループは、かの〝コムスン〟の継承企業である「ジャパンケアサービス」などを子会社化し、介護業界トップ3に入る大手資本として急成長しました。

練馬区で組合が結成されたアミーユ光が丘で、私たちは劣悪な労働環境に愕然としました。人手不足・過重労働・安全対策の不備・事故の多発・休憩室も更衣室もない……。休憩も満足に取れず休憩時間でもナースコール対応
東京北部ユニオンは、団体交渉を重ねて職場環境の改善を図ってきました。しかし人員増員要求に会社は応じません。夜間帯は2つのフロアーを一人でみなければなりません。転倒事故なども発生しています。「これでは安全は守れない。増員を」と要求していますが……(以下省略)

ちば合同労組ニュース 第63号(2015年10月1日発行)より

労働者の連帯感を取り戻す そんな労働組合を作りたい

労働者の連帯感を取り戻す

そんな労働組合を作りたい

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戦争法案を止めるため国会前に何度か足を運んだ。

特別委員会の山場となった9月16日、戦争法案を許すなの一念で数万人が雨の中に集まっていた。すごい数の警察隊とバリケード。「安倍は辞めろ」の群衆の叫び。
議事堂の中の様子は?とツイッターを眺めた。「新幹線で無理して来て良かった」「今から仲間と向かいます」「自分は国会前に行けてないけどがんばれ」……
そんな投稿で埋め尽くされていた。ネット世界は通常、右翼が幅を利かすが、この日は違った。本当に多くの人びとが一心に駆けつけ、同じ思いを持つ人・人・人に感動している様子が伝わる。
戦争経験者、60年70年安保世代、組合で来た感じの人、子連れのお母さん、学生……夜9時、人が減り始めた思ったら再び人波の圧力が増す。残業が終わって駆けつけた若者が加わった。
議事堂前は、機動隊バスがずらっと並び群衆は一つになれない。歯がゆい。目の前で採決強行が狙われているのに……。次第に怒りと行動力が高まる空気感。
ついに鉄柵バリケードがごぼう抜きされた。数㍍の鉄柵をロープで結んだ数十㍍のバリケードが丸ごと引き抜かれたのだ、それを阻む警官隊数十人が一緒に群衆の中に引き釣りこまれた。まるで地引き網を見ているようだった。

駅へ向かう道で

終電が迫り地下鉄に向かった。他の人も終電に飛び乗って明日も仕事の後に国会へ来るのだろうか――そんなことを考えながら駅へ急いだ。
ふと違和感。あれだけの熱気に満ちた闘いを共にしたのに、駅へ向かう人波にはあんまり連帯感がない。
登山では、見知らぬ者でもあいさつする。登山という共通の目的と趣味から会話に発展することもある。国会前でそんな雰囲気あってもいいんじゃない?
誤解は困るのですが、連帯感や団結がないわけじゃないのです。何十万人が戦争反対で動いた。気持ちも通ずる。団結や連帯もあります。まだ慣れていないのかな。
「個人」「主権者」がやたら強調され、マイクでしゃべるのは国会議員や文化人。主催者の統制に従え、労働組合は旗を出すな、と抑圧され気味。

でも多くは普通の労働者。「僕は介護職でこういう思いで来ました」「看護師として戦争協力はイヤ」「教員として子どもたちを戦争に送る法律は許せない」という感じで交歓できれば、もっと連帯感が生まれたと思う。

労働者の連帯感

よく戦争は国内政治の継続と言われる。労働者の雇用や生活、権利が破壊される政治と戦争はつながっている。戦争になったとき、交戦国の両方の労働者が自国の戦争を止めるために政府と闘うことが戦争を止める最良の方法だ。

労働者の連帯感や労働者意識を高めるためには、やっぱり労働組合が大切です。
もっと労働組合を社会の前面に出そう。労働者が連帯感と存在感を取り戻す組合をつくってみようじゃないか、と考えながら、疲れ気味で家路につきました。

ちば合同労組ニュース 第63号(2015年10月1日発行)より

【編集後記】2015/10

【編集後記】

介護施設Sアミーユ川崎幸町での度重なる事故に関連してテレビでは介護職員に対するバッシングが連日報道された。マスコミのやり方は嫌いだが、あの映像を繰り返し見せられて職員を擁護する気も起こらなかった。そんな中、東京北部ユニオン・アミーユ支部が「事故の一切の責任は会社にある」との声明を出した。動労千葉の反合・安全闘争路線に貫かれた素晴らしい内容に感動。介護をする者にとっては誰も明日は我が身である。「これで闘える」と思った。(A)

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安保関連法案の参院本会議で強行採決された9月19日。大阪駅前に、全日建連帯労組関西生コン支部のミキサー車10数台が登場した(写真)。集まっていた6千人のプロテスターたちからは拍手喝采! サスガ!(K)

ちば合同労組ニュース 第63号(2015年10月1日発行)より

労働学校へご参加を2015/10

労働学校へご参加を

基礎編

戦後労働運動史①
戦後労働運動の再建期に労働者はどう闘ったか
講師 伊藤 晃(日本近代史研究家)
『無産政党と労働運動』(社会評論社)
10月17日(土)13時~ DC会館2階(JR東千葉駅前)

実践編

韓国民主労総―結成から20年をふりかえって
講師 金 元重(千葉商科大学教授)
10月24日(土) 13:00~ DC会館2階(JR東千葉駅)

ちば合同労組ニュース 第63号(2015年10月1日発行)より

映画『ファクトリーウーマン』

映画『ファクトリーウーマン』

 フォード工場で男女同一賃金を要求した無期限ストの実話

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レンタルの無料クーポン券でなにげに見た映画が当たりでした。スカッとした気分になります。労働運動の意欲がわく映画です。お薦めです。1960年代のイギリスを舞台に男女同一賃金制を訴えて闘ったフォード自動車の女性工員たちの実話を映画化したものです。
ストーリーはこんな感じ。1968年、英国ロンドン東部の町ダゲナムにあるフォード自動車の巨大工場。約5千人の男性工員と187人の女性工員が働く。彼女たちはシート縫製を行う熟練ミシン工です。
工場では下着姿でのミシン仕事。たまに用事で男性が目を覆いながら入ってくると女性たちの冷やかしの言葉。いっけん明るく楽しい職場の雰囲気ですが、実は換気が悪くてシャツなど着ていられないほど蒸し暑く、雨が降れば雨漏りというひどい環境での労働なのです。
フォード社はけっして女性を技術労働者として認めません。「女だから」という理由で賃金は半分以下。残業代も払わない。ついに男女同一賃金を求めてストライキ決行となります。しかし会社はまったく取り合わない。なぜなら、これを認めれば世界中のフォード工場の女性労働者の賃金が倍になるからです。
最初はストライキといっても門前でプラカードを掲げただけで、お茶を飲んで時間をつぶし、雨が降れば家に帰っちゃうという感じです。フォード社もすぐにあきらめて職場に復帰するだろうと甘く考えています。
リーダーに選ばれたリタは団体交渉の場で、自分たちに協力してくれると思っていた組合幹部が実はお茶を濁して収束させようとしていることを知ります。会社だけが相手ではないことを肌で感じ、無期限ストを決意するリタ。
ストの長期化で座席シートの生産が滞り他のラインもストップ。最初は応援していた男性労働者の仕事もなくなり自宅待機に。怒りの矛先が彼女たちに向けられていきます。同じ工場で働くリタの夫とも気持ちがすれ違って……というストーリー。
主人公のリタを演じたサリー・ホーキンスが素晴らしい。すごく普通な感じ、というよりむしろ気弱な感じの女性です。夫に遠慮している感じや勇気を振り絞って演説したり、会社に対して啖呵を切る場面など、人間の弱さと強さ、信念と葛藤のせめぎ合いに引き込まれました。映画全体はコミカルな雰囲気なのですが主人公はそういうタイプではないのがまた映画の奥行きを感じさせます。映画の主人公として興味深いキャラクターです。でも、なかなか共感しました。
「組合幹部を信用するな」と最後まで彼女たちを叱咤激励したアルバートという主任のオジサンも良い感じ。
組合幹部から脅されても考えを変えません。「幼い頃、母親が働きに行って、懸命に仕事をしてもわずかな給料しかもらえず苦労してきた姿を見てきた」とリタに語るシーンがあります。
フォードの英国支社長の妻や労働大臣などのキャラクターもまあ悪くない感じです。
この映画、DVD化されていません。ネット上のレンタルか購入のみですが、機会があれば観て下さい。(S)

また一人 退職 この現実を闘いに転化するには

職場でまた一人 退職した

この現実を闘いに転化するには?

n0062_01_01a マイケル・ムーア監督の『シッコ』を観た。米国における医療制度と諸外国の「社会主義的な」医療制度とを対比し、米医療制度がいかに歪められているのかを描く。
ふと気付かされたのは、医療制度の充実した英仏の人間ではなく、米国人の視点で映画を観ている自分である。

薬局で「日用品、置いてないの?」と訊くシーンには苦笑した。日本もすでに営利目的の医療が忍び込んでいる。
介護もそうだ。介護保険制度で「介護の社会化」と言いながら、同時に「営利目的の介護」を生み出した。その毒がじわじわと社会を深淵に追い込んでいる。
映画で印象に残ったのは、ある人の発言だ。「戦時中は完全雇用が実現した。人を殺すためにできることが、人を
救うためにできないはずはない――」
職場ではまた一人職員が辞めた。人員不足で無理なシフトを組まれ、睡眠障害になって仕事に穴をあけ、自主退職
に追い込まれた。

職場はますます人員不足になり、まともにシフトを組めない。残業込みが当たり前、充分な休息を確保できずに次の勤務。さらには他部署の応援のために夜勤明けで働け、と言う。それを〝有志〟の体裁をとって利用者を人質に迫ってくるのだ。
決まって聞く言い訳は「募集しても人が来ない」。しかし、それは違法残業させてよい理由にはならない。人を減
らして経営はボロ儲けしている。

このままでは事業所閉鎖の危機だ。従業員全員解雇もあり得なくはない。その前にどうやったら増員させ、事業所を存続させ、仲間の雇用を守ることができるのか、現実的に闘いの方針を出さなければならない。

資本主義の論理がいかにデタラメであるか、私たちがいかに簡単に騙されているかを考えながら映画を見終えた。

ちば合同労組ニュース 第62号(2015年9月1日発行)より

連載・介護労働の現場から 〈28〉貧乏人の嫁

 貧乏人の嫁

仕事がなくなったので、長らく会っていない友人と会ったり、家族と向き合う日々が続いた。
家族は「介護はやめなよ。何一つ良いことがないでしょ。給料が安い。身体は酷使する。プライドはズタズタ。労基法違反ばかり。何か人の役にたつことをやりたけりゃ、まともな仕事について空いた時間にやれば?」

一緒にコールセンターをやめた友人たちは、介護職からそれぞれコールセンターと派遣の事務職に転職し、いきいきしていた。
「あらかんちゃん、正社員はその歳じゃ無理だけど、パートなら紹介してあげるよ。パソコンと英語ができれば派遣でもなんでもあるよ。介護は絶対やめなよ。顔つきも性格も悪くなるよ」
同じ職場で働いていた和田さんも介護の仕事は辞めるという。
「あらかんさんが辞めて、大変だったよ。利用者さんにはなんで辞めたと責められるし、言うこと聞いてくれなくなったし、力石さんが排泄でも入浴でも力づくでやるので、そのうち虐待が起きるんじゃないかと心配だし、仕事に行くのが嫌で嫌で、やめちゃった」
ハローワークや求人誌には、できそうな職種や条件にあうのはいっぱいあるが「定年60歳」という条件にひっかかる。結局、警備・管理人・介護なのか。
労働相談では「清掃」もありますよと言う。清掃もいいが、一日の労働時間が長い清掃は若い人が対象だ。
「若い人も最近は仕事ないんで、清掃・介護・警備なんかにどんどん食い込んでいますからね。やっぱり介護ですかね。資格も経験もあるので、条件のいいところをじっくり探したらどうですか?」
と、バイトらしき相談員が言い、介護に特化した「介護相談窓口」を紹介してくれ、そこに登録した。

わたしは介護の仕事が嫌いではない。お年寄りと話すことは楽しい。以前、日雇い労働者の支援活動をしていたときに、たき火を囲みながら、老人になった労働者たちと話をするのは最高に楽しかった。彼らが怒鳴ったり、ひねくれていても気持ちは通じ合う。
その老人たちがないがしろにされてたり、自由を奪われている社会状況が嫌だ。

n0062_03_01a今の、介護保険制度下での介護労働というのは、老人たちを差別し排除している労働だからなおさら辛いのだ。
まともな給料や労働条件なくして、まともな介護はない。
これまでの民家を改造した貧乏くさい施設じゃだめだ。冷暖房は効かないし、バリアフリーもない。食費も足りない。何か不足しても買ってくれないので自腹を切る。…そんな貧乏人の嫁みたいな境遇はみじめだ。今度はもっと金持ちに嫁ぐ。おなじ差別を受けてる嫁なら、ラクできるとこがいい。
(あらかん)

ちば合同労組ニュース 第62号(2015年9月1日発行)より

映画 『二十四の瞳』を紹介

『二十四の瞳』(松下奈緒主演・2013年版)

n0062_03_01b 安倍の70年談話や安保法案など物騒な雰囲気ですが、戦後70年ということで『二十四の瞳』を紹介します。
原作は坪井栄。作者の故郷・小豆島が舞台と思われます。1928年から敗戦翌年までの18年間が描かれ、新任女性教師・大石先生の赴任から始まる。12人の教え子たちはみな大石先生を慕い、彼女もまた「この子たちの美しい瞳をにごしてよいものか」と願う。しかし戦争の波は否応なく子どもたち運命を翻ほんろう弄する。戦地へ赴く教え子に「名誉の戦死などするな、必ず生きて帰れ」。声をひそめて伝える大石先生。

大石先生は敗戦後、再び教壇に復帰する。ラストは教え子たちとの再会シーン。12人の教え子は7人に。貧しく遊郭()ゆうかくに売られた者、消息を絶った者、病死した者、戦死した者、戦場で失明した者……大人になった彼らは、大石先生を囲み、小学1年のあの日一緒に撮った写真を見る。

心の奥にズシリと来る。この映画が反戦映画か否かなんて議論もあるが、どうでも解釈できる。大石先生自身は戦時教育を厭いとい教師を辞した。しかし教え子の多くが戦争で傷つき死んだ。個人の生き方や良心を超えた問題にも思える。
小林秀夫は「この戦争は一部の人たちの無智と野心とから起こったか、それさえなければ、起こらなかったか。どうも僕にはそんなおめでたい歴史観は持てない。僕は歴史の必然性というものをもっと恐ろしいものと考えている」と言った。
確かに資本主義には戦争を引き起こす歴史の必然性がある。しかし、これを覆す力もまたある、と私は思う。〝運命〟や〝歴史の必然性〟に立ち向かうことが労働運動に求められているように思う。

ちば合同労組ニュース 第62号(2015年9月1日発行)より

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