あおられる排外主義を考える

入管庁のゼロプラン反対のデモ

外国人労働者は調整弁ではない 煽られる「移民不安」

フィリッシュ警句が突きつける現実

 「日本が移民にのっとられる」──こうした排外主義的な主張が広がっています。

 例えば、JICA(国際協力機構)の「アフリカ・ホームタウン」構想をめぐり、「移民を定住させる制度だ」という誤情報がSNS上で拡散し、木更津市など自治体には抗議や問い合わせが殺到しました。地方選挙でも「外国人不安」をあおる手法が用いられるなど外国人労働者をめぐる議論が過熱しています。

 「雇用の調整弁」

 近代以降の在日外国人の存在とその歴史は、植民地時代に朝鮮半島や台湾、満州などから労働力として強制的に動員されたことに始まります。

 80年代以降は、外国人労働者はバブル景気や人手不足に応じて断続的に受け入れられ、「雇用の調整弁」として扱われてきました。この時期、日本の製造業は世界の工場としてフル稼働、しかし3K職場は敬遠され、下請工場などで深刻な人手不足が生じ、低賃金で働く労働力として日系ブラジル・ペルー人らが大量に来日しました。

 彼らは期間工や派遣社員として自動車部品メーカーや半導体工場、あるいは建築・解体など危険な重労働に従事してきました。しかし08年のリーマンショックで工場は停止し、住まい(寮)を失う人も続出、そして政府は「帰国支援金」(30万円)を出し、多くがブラジルなどに戻ったのです。

 93年に開始された「技能実習制度」は、名目上は研修や国際貢献が目的でしたが、実際には人手不足対策のための労働力供給制度で、パスポートを取り上げて最低賃金以下で働かせるなど人権侵害が多数報告されました。恋愛や出産を制限するなど過酷な環境での労働実態は、「現代の奴隷制」とも呼ばれる。

 第二次安倍政権では、「外国人材」という言葉を用いながら特定技能制度が導入され(19年)、また岸田政権で技能実習制度の廃止と、新たな制度への移行が決まりました(育成就労制度)。

 こうした制度「拡大」と人手不足の深刻化で外国人労働者数は増加傾向にあり、現在200万人を超える規模になっています。しかし、日本政府は外国人労働者について常に「移民ではない」「単純労働力の受け入れではない」と言い逃れ。実際には安価な労働力の確保が目的で、家族帯同や永住、教育や住宅、地域支援など長期定住者としての権利や責任を回避し続けてきたのです。

労働力ではなく人間

 半世紀以上前の古い言葉ですが、スイスの作家マックス・フリッシュの「我々は労働力を呼んだが、やって来たのは人間だった」という有名な言葉があります。外国人労働者はけっしてロボットやAIではなく、日常生活もあり、家族や人生、そして人格と尊厳を持った人間なのです。

 「移民政策は取らない」との建前を振りかざし、現実には外国人労働力の受け入れを拡大するダブルスタンダードを続けながら、「外国人が増えると大変だ」などの排外主義扇動は本当に許せない。

 そもそも日本にも外国人比率が高い自治体がありますが財政破綻が起きた例はありません。犯罪率が上昇したとのデータもない。むしろ地域交流が進み、相互理解が深まっているという研究もある。

 問われているのは「移民の存在」ではなく、日本の労働・社会政策そのものだ。

 過去30年間、実質賃金が上がらない中で労働者の閉塞感は強まり、物価高とも相まって、外国人への不安やヘイトが生まれやすい社会状況が続いています。外国人労働者受け入れ政策と並行して、労働者全体が「使い捨て」にされる構造が進んでいることも見逃せません。

 ライターの雨宮処凛は「外国人ヘイトは、自己責任論に浸ってきた世代への“最大の癒し”になる」と指摘しています。「移民不安」は社会不安を利用した分断の手法であり、労働者同士を対立させる〝分断工作〟として機能する面がある。

ちば合同労組ニュース 第185号 2025年12月1日発行より

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