2025年度の最低賃金の動向

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物価高騰で最低賃金めぐる論議活発に

 最低賃金は、制度的には厚生労働省の諮問期間である「中央最低賃金審議会」と、各都道府県に設置される「地方最低賃金審議会」での審議を経て毎年決定される。

 最低賃金は全国一律ではなく、中央審議会が毎年7月に全国的な引き上げ額の目安(ランク別)を答申。これを受け各都道府県の最低賃金が審議・答申される。最終的には各都道府県の労働局長が決定する仕組みとなっている。

 24年10月からの最低賃金は全国加重平均で1055円となり、全国平均で51円の過去最高の上昇幅となった。一番高い東京都が1163円で、最も低い秋田県が951円。徳島県では知事が大幅引き上げを要求し84円の引き上げとなり大きく報じられた。石破政権は、今年度の最低賃金について全都道府県で1000円以上を目指すと発表している。

 政府は「2020年代に全国加重平均1500円達成」との目標を掲げているが、今後5年間で445円を引き上げるには、毎年7%程度の引き上げが必要となる。

 近年の物価高騰や実質賃金の低下を考えれば、最低賃金の大幅な引き上げは当然のことだ。日本の労働者の最低賃金水準は、為替レートを考慮した購買力平価で見ても極めて低い水準にある。

最賃制度の歴史

 1947年に制定された労働基準法には最低賃金に関する規定が盛り込まれていたが、インフレも激しく実質的に機能しなかった。だが1950年代半ばには、「青田買い」と呼ばれる新卒労働者の囲い込み競争が激化し、賃金の引き上げは加速した。もっとも、これは一部の大企業に限られ、やがて企業間の競争を抑制し一定の賃金水準を維持するために「業者間協定」が結ばれるようになった。

 日本初の最低賃金は、56年に静岡県缶詰協会が締結した業者間協定と言われる。これは労働者の代表が関与しない業者間の取り決めでしかなかった。

 その後、1959年に最低賃金法が制定され、業者間協定方式に加え、労働者・使用者・公益の代表からなる審議会方式が導入された。1968年の法改定により審議会方式が最低賃金決定の主要方式となる。1971年には最低賃金に関するILO条約を批准した。

 1978年に「目安制度」が導入され、中央最低賃金審議会が全国をランク分けし、経済指標等を考慮して目安となる最低賃金額を決定し、それを各都道府県の地方最低賃金審議会に提示する仕組みが導入された。02年度から時給形式で最低賃金が示されるようになった。

 やがて最低賃金が生活保護水準を下回る逆転現象が生じた。1990年代以降、非正規雇用労働者が増加し、その賃金水準が最低賃金に張り付く傾向が強まった。こうした状況から最低賃金が社会的にクローズアップされるようになった。

 春闘と最低賃金は、日本の労働者の賃金決定に大きな影響を与えてきたが、高度成長期以降、春闘が賃上げ闘争の中心となり、大企業などの春闘での賃上げ結果が「相場」として中小企業や非正規雇用労働者の賃金決定にも影響を与えてきた。

 しかし近年は春闘の影響力が後退し、非正規雇用が激増する状況の中で、現実問題として、最低賃金が日本の労働者の賃金水準に大きな影響を与えるようになった。

海外の最低賃金

 欧州では最低賃金制度が確立されている国が多く、特に近年は大幅な引き上げが行われている

 ドイツでは15年に法定最低賃金が導入され、24年1月には時給12・41ユーロ(約2100円)に引き上げられた。英国では25年4月からは時給12・21㍀(約2400円)となった。

 米連邦最低賃金(7・25㌦)は長年据え置かれたままだが、多くの州や都市が独自にこれを上回る最低賃金を定め、州によっては時給15㌦(約2200円)を超える。

 アジア諸国では、韓国が急速に最低賃金を引き上げており、24年の最低賃金は時給9860㌆(約1100円)。

 闘いが必要だ!

 労働者が生きていくために春闘を復権させることと、最低賃金闘争を闘うことが必要だ。われわれは安く使える労働力ではない。

 連合は、25年度の最低賃金引き上げについて、全都道府県で時給1000円以上にすることを目指すとしている。だが連合が「誰もが時給1000円」のスローガンを掲げるようになったのは2006年。こんな体たらくでは労働者は生きてくことができない。

ちば合同労組ニュース 第181号 2025年8月1日発行より

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