高市政権下で進む 国家総動員体制化

サラエヴォの銃声と〝台湾有事〟 歴史に学ぶ「戦争の入口」
第一次世界大戦は一発の銃声から始まったと言われます。1914年、サラエヴォで起きたオーストリア皇太子暗殺事件は、当初、多くの人びとにとって「局地的事件」にすぎませんでした。多くの政府関係者や知識人、一般市民は、「戦争にはならない」「始まってもすぐに終わる」と考えていました。
しかし現実は、まったく逆でした。同盟にもとづく古典的な集団的自衛権の論理が連鎖的に発動し(独墺伊の三国同盟vs英仏ロの三国協商)、局地的な衝突は世界大戦へと瞬く間に拡大したのです。戦争は長期化し、労働者は大量に兵士として動員され、工場や交通、食料生産など社会の生産力そのものが攻撃の対象となりました。その結果、社会全体が破壊され、巨大な犠牲が生じました。
この間、高市首相が語る「台湾有事=日本の存立危機事態」という論理を聞くたびに、この歴史的経験が想起されます。
第一次世界大戦を引き起こした集団的自衛権の最大の問題は、同盟関係そのものが戦争の引き金となり、危機が自動的に参戦へと結びつき、軍事計画が政治判断を拘束した点にありました。
「防衛」「自衛」の名のもと、実際には誰も戦争拡大を止めることができない構造だったのです。現在語られている台湾有事=存立危機事態論は、この自動参戦の論理(古典的帝国主義の論理!)に酷似していると言わざるを得ません。

戦争の論理
東アジアもまた古典的帝国主義の論理と戦争の舞台だった歴史があります。かつて日本は台湾に対して植民地支配を行ってきました。しかしポツダム宣言の受諾によって日本の植民地統治は終わり、サンフランシスコ講和条約において、日本は台湾に対するすべての権利を放棄しました。
さらに1972年の日中共同宣言において、日本政府は「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認し、台湾は中国の不可分の一部であるとの立場を理解し尊重する」と表明し、台湾とは国交を断交しました。
歴史だけが問題なのではありませんが、しかし、こうした歴史にかかわらず、高市首相は、台湾有事を理由に日本の存立危機事態を即座に認定し、集団的自衛権を行使し、戦争に加わるという議論に固執しているのです。
これは、いかなる意味においても防衛(自衛)の論理ではありません。軍事計画が政治判断を先取りし、日米軍事同盟が自動参戦を正当化し、事態を際限なくエスカレーションさせる第一次世界大戦と同じ論理と構造です。
戦争体制へ転換
安保3文書改定後、こうした転換的な戦争の論理を前提に、日本社会全体を戦争遂行体制へと組み替える方向が強まっています。それは、兵站、産業動員、労働力動員を含む、事実上の国家総動員体制の論理です。
14年の閣議決定で集団的自衛権を行使できるとする政府解釈に変更され、15年の安保法制へと進み、ついには「台湾有事=存立危機事態」論にまで進展した。高市首相の台湾有事論の正体を暴き、戦争への危機感、怒りを広げていこう。
ちば合同労組ニュース 第186号 2026年1月1日発行より
