十字架

労働映画

映画紹介『十字架』

 重松清原作。リアルで重い。他人事ではなく、自分の周りでもどこにも起きるいじめ自殺。全編を通じて号泣シーンが続く。スクリーンからは観ている者へ容赦ない問いが発せられ、うちのめされる。商業映画としてよく制作できたと思う。
 中学2年生のフジシュンはいじめを苦にして自殺。遺書には加害者の氏名と共に同級生のユウ、ひそかに恋心を寄せたサユの名も。「助けを求めるフジシュンに何もできなかった」――重い十字架を背負い、ユウとサユは家族を訪れる。 「お前たちは親友のくせに、息子を見殺しにしたのか!」と迫る家族に戸惑い続ける。
 「あのとき」の真実を家族に伝えるも、より傷つき、慟哭する。最後までハッピーエンドも「正解」も示されず、「十字架」から背を向けずに向き合う厳しさと激しさを示唆している。ラストシーンでフジシュンがサッカーのゴールを決めた時のとまどった表情。誇張せず等身大に描かれている。
 今回は自殺防止と命を守るキャンペーンの一環でこの作品を紹介された。映画の舞台は教室だが、職員室の勤務評定や雇い止めは「いじめ」ではないのか? 職場の中のいじめ・過労死・パワハラ・仕事はずし・スキル評価……さらには国鉄分割・民営化のときに抗議自殺をした200人のこと、最近では電通の過労自殺… …映画と現実の思いは交錯するが労働現場で起きていることは、経営による「虐殺」ではないか?
 組合として学ぶことは職場の中に生きる紐帯をつくること、それは労働組合の重要な役目だと思う。両親役の永瀬正敏、富田靖子も好演。フジシュンの死の場面では本当に号泣したそうだ。(W)

ちば合同労組ニュース 第81号 2017年4月1日発行より