労災認定に事業者の異議申し立て権/労災制度の根幹破壊する重大問題

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労災認定に事業者の異議申し立て権

労災保険制度の根幹を破壊する重大な問題

 一般財団法人「あんしん財団」が職員に対する労災支給処分の取り消しを求めた裁判で東京高裁が同法人の原告適格を認め、審理を東京地裁に差し戻した。
 この裁判は、職種変更や遠隔地への異動命令、過大なノルマから精神疾患となった2人の女性労働者の労災認定について、法人が「虚偽に基づく労災認定だ」と主張して、労災認定の取り消しを請求した裁判である。
 従来、労災支給に対する不服申立てや、労災保険料の決定に関連する労災認定への不服を事業主が主張することを国は認めてこなかったが、今回の裁判を契機に行政解釈を変更するなどの対応を検討している。
 昨年12月13日の厚生労働省の「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取り扱いに関する検討会」報告書では、保険料認定処分の不服申立てにおいて事業主が算定基礎となる労災保険給付の支給要件非該当性を主張できるよう必要な措置を講じることを打ち出した。

治療費の返還も

 今回の高裁判決と厚労省検討会の動きは、労災保険制度の根幹を揺るがす重大な問題だ。簡単に言えば、事業主が労災保険の認定に異議申し立てができるようになる。もしこれが制度化されれば、労災保険による被災労働者の救済という点できわめて重大な問題が生じる。
 精神疾患や脳心臓疾患の労災認定は相当の時間やエネルギーを要する。もし取消判決が確定すれば、被災労働者や遺族は致命的打撃を被る。
 精神疾患や脳心臓疾患は、転落や転倒のような事故労災とは異なり、直ちに業務起因性を判定するのは難しい。過労の原因となった労働時間の調査や、パワハラの実態調査、専門医や専門部会への照会など、かなりの時間を要する。
 実際、上記の裁判も発病から7年半が経過し、労働保険審査会の決定から4年が経過している。もし取消判決が確定すれば、被災労働者やその家族は、受給してきた治療費や休業補償給付について返還義務を負うことになる。
 それだけではない。事業主による異議申し立てを認めれば、被災労働者や遺族は新たな主張や調査が必要となり、多大な時間とエネルギーをさらに必要とする。

労災申請を抑制

 精神疾患や脳心臓疾患の多くは、長時間労働や過労、パワハラなどが原因である。だが直接的因果関係が見えにくいため事業主はその責任を回避しようとする。こういう状況で事業主による異議申し立てや取消訴訟を認めれば、被災労働者の給付申請に極めて大きな抑制力が生じることは明らかである。
 また在職中の同僚が証言などを行うことも難しくなり、労災申請に対する協力を得ることも難しくなることも容易に予想できる。そもそも労災保険の給付を求めること自体に大きな抑制がかかる。
 労災申請への協力を拒んだり、労災申請をした労働者に嫌がらせをしたり、被災労働者に対して、労災を否定して退職を迫る事業主の数は多い。このため労災申請を断念したり、職場復帰を断念して退職する労働者も多い。
 パワハラや長時間労働が原因の労災に対して、事業主が「この労災は支給要件に該当しない」と争い続けることを制度として認めればどうなるのか? 被災労働者に対する事業主の攻撃を国が公然と認めるようなものである。労働者が労災認定を求めたり、安心して療養できる環境そのものを破壊することになる。
 パワハラや過労死は、労災保険の給付だけではなく、企業の損害賠償責任を求められることが多い。こうしたことにも重大な悪影響が生じることも予想される。今回の動きは、全体として被災労働者の労災申請を抑制するための制度改悪だ。

労基署にも影響

 また労働基準監督署が労災認定の調査を行うが、事業主による異議申し立て権を認めれば、労働基準監督署の労災認定の調査に対しても影響が生じる。
 現在でも、労働基準監督署の調査官が、事業主の主張に迎合して不支給決定を行う事例は多い。被災労働者と事業主との主張が対立した場合、労働基準監督署は、事業主の主張に引きずられる傾向が残念ながらある。特に精神疾患や脳心臓疾患は両者の主張が対立しやすい。
 上記法人は、労災認定事態を認めないどころか、被災労働者を解雇している。労災をめぐる同様の事例は少なくない。
 また歴史的にも、関西経営者協会や日本経営者連盟などが「不服申立制度」の創設を求めてきた。当然ながら退けられてきた。しかし、今回、1つの裁判、1回の検討会で事業主の異議申し立ての道が開かれた。労働行政の改悪・破壊を許さない闘いは超重大な課題である。

 ちば合同労組ニュース 第152号 2023年03月1日発行より