書評 『イギリス炭鉱ストライキの群像』(熊沢誠著・旬報社)

本の紹介

書評 『イギリス炭鉱ストライキの群像―新自由主義と闘う労働運動のレジェンド』(熊沢誠著・旬報社)

英ゼネスト準備した炭鉱労働者の闘い

 「間違いなく私の最後の著作」――労働問題研究の第一人者である熊沢誠氏の強い思いが込められた一冊だ。
 彼が執筆を思い立ったのは、英国で物価高騰の中、数十年ぶりに起きた大ゼネスト、他方で日本では関西生コン労組への弾圧を見ぬふりする日本労働界の姿。同じく80年代に新自由主義が始まった英日労働運動の対照的な姿の背景に何があるのか? 英炭鉱労組の闘いの再検証に日本の労働運動復権の可能性の一つを見出したのだ。

英炭鉱労働者の闘い

 英国では78年に登場した保守党サッチャー政権によって一足先に新自由主義が導入された。労働組合の中心だった炭鉱労組をつぶすためにサッチャーは総力をあげた。ストライキを排除するために法改悪や産業構造の転換などあらゆるものが構えられた。その本質は武装警察を動員した徹底的な暴力だった。それは当時のフォークランド戦争と一対の階級戦争だった。
 84年、労働者たちは炭鉱全面閉鎖、職場や地域が奪われることに対して実力で闘い抜いた。主力となったのは13万人の「平場の組合員」だった。また、その行動原理は、必ずしも左派イデオロギーではなく、〈護るべきものを護る〉という「保守的ラディカリズム」と称されるものだった。
 本著を通して、ひたむきに身体を投げ出す労働者たちの姿がリアルに描き出される。
 だが1年余の炭労の壮絶な闘いは敗北を喫した。しかし、「炭鉱労働者らにとってその連帯の経験は、ストライキで敗北した後も『人生最良のとき』と思い出されるものだった」と著者はまとめる。この経験は消え去ることなく英社会の中に文化と伝統としてしっかり根付いたのだ。
 90年代以降の非正規化や労働破壊に対抗する中でスト件数は復調していく。「格差社会のひずみをもっとも深刻に受けたマイノリティへの配慮を含む社会保障のフロンティア拡大」が新自由主義の流れに「逆転」をもたらしたと著者は導き出す。

労働者の集団的行動

 他方、日本社会へ著者の目は厳しい。「民主主義国においては…現場労働者の産業内行動の行使、すなわち団体交渉、ひいてはストライキおよびピケットの行使に委ねることを近代史の到達した叡智としてきた」と指摘し、「ストやピケはアトム化した労働者個人にはできない。労働者が日常的にそこに属し、構成員の人間関係につよい絆が息づいている、ある種の共同体・コミュニティにおいてのみ可能になる」と労働者による具体的な集団的行動こそが必要と強調する。
 著者は、23年の英ゼネストによって相互扶助や社会連帯を発揮した「主体的土壌」(ムラ・コミュニティ)を再発見したと言う。
 当時の炭労ストは、反原発団体やフェミニスト団体、性的少数者のグループなど広範な市民団体が支援した。一見武骨で時代遅れに見える炭労ストだったが、実際は、炭坑の街の女性たちの間などで驚くほど多様で、先進的な社会変化が起きたことも指摘している。一気に読める本なので、ぜひ手に取って欲しい。(K)

 ちば合同労組ニュース 第162号 2024年01月1日発行より