金銭解雇制度導入の動き加速/解雇規制(解雇権濫用法理)転覆が狙い

連載・職場と労働法

金銭解雇制度導入の動き加速

解雇規制(解雇権濫用法理)転覆が狙い

 厚生労働省は4月12日、「解雇無効の金銭救済制度に係る法技術的論点に関する検討会」の議論を取りまとめた報告書を公表しました。検討会は2018年6月に設置され、計17回の検討会が行われてきました。

労働契約解消金

 報告書は、「解雇された労働者が救済される選択肢を増やす」などと称して、新たに「労働契約解消金」の支払いによって労働契約を終了する仕組みを提唱しています。
 「労働契約解消金」の算定方法などが独り歩きする可能性もあり、これ自身もきわめて重大な問題ですが、使用者側からの金銭解雇制度の制度化に向けた導水路にもなっています。
 検討会メンバーは法学者のみで構成され、労使関係者は1人も入っていません。制度導入を前提とした法的論点の検討を行うことで既成事実化し、今後、労政審に報告書が提出され、法制化の動きが加速することが予想されます。
 使用者の選択肢
 「労働者の救済のために選択肢を増やす。客観的な予見可能性を高める」と言っていますが、団体交渉や労働委員会、裁判、労働基準監督署その他で、解雇を解決する場はたくさんあります。
 選択肢にせよ予見可能性にせよ、それは不当解雇を行った使用者側にとって「いくら払えば解雇できるのか」という予見可能性を高め、あるいは選択肢を増やすだけです。
 労働者にとって解雇の金銭解決制度の必要性・メリットはほぼありません。
 そもそも解雇が違法・無効と判断されれば労働契約は継続していることになり、使用者は解雇時にさかのぼって賃金を支払う義務(バックペイ)が当然に生じます。最終的に金銭和解に至る場合でも、バックペイが解決金などの土台になります。労働者が解雇の無効(労働契約上の地位の確認)を求めて争った場合、バックペイが積み上がることは使用者にとって大きな圧力ともなるのです。

解雇権濫用法理

 直接的な意味での使用者側からの金銭解雇制度の動き自体も大きな問題ですが、それ以上に重大な問題として、「解雇権濫用法理」を転覆しようとしていることに強い危機感を持つ必要があります。
 「解雇権濫用法理」とは、使用者による解雇は原則として社会的正義・公正に反するものとして認めないことが社会的合意として確立されたものです。解雇をめぐる戦後の労働運動の激しい展開と雇用慣行や裁判上の争いの蓄積などを背景として確立したきわめて強力な解雇規制です。
 「「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」との関連で「労働契約解消金」「使用者側からの金銭解雇制度」が検討されなければなりません。
 実際には解雇のハードルを下げることになるのは容易に想像できます。「これぐらいのお金を払えば、たとえ解雇が違法・無効と判断されても、その労働者を会社から追い出すことができる」との相場感覚を作ることが懸念されます。
 今回の動きは、1990年代ごろから本格化した労働紛争の個別紛争化(労働審判制度や労働契約法の制定など)の流れであり、集大成ともいうべき攻撃です。
 使用者による申立制度は今回は検討課題とされていますが、いずれは使用者側の申立権に拡大する可能性が高い。実際、検討会では、労働者側の申立権に限定して検討を始めたのは世論対策で労働者側が反対できないようにまず制度を導入すると公言している委員もいるとのことです。
 大きな意味で、解雇権濫用法理=解雇規制を緩和・後景化するための議論や制度化であるとことは間違いありません。

雇止めなども対象

 対象となる解雇は、通常の解雇(普通解雇や懲戒解雇)だけでなく、労働者の国籍や信条、性別や組合加入、あるいは労災や産前産後休などを理由とするいわゆる「禁止解雇」なども対象となっています。さらに有期労働契約における雇止めも対象です。 
 手続き上の問題として、使用者が一方的に「労働契約解消金」を支払って労働契約の終了を宣言することも懸念されます。使用者側としては、労働契約解消金の支払いで労働契約が終了したとして「以後のバックペイが発生しない」という主張も想定されます。さらには「労働契約解消金債権」という名称の金銭債権が発生したとして、これを支払うかどうかの争いに歪曲されることも懸念されます。
 また「労働契約解消金」の算定方法も、「上限」「下限」が検討されています。報告書では「政策的に判断することが適当」とされています。

ちば合同労組ニュース 第142号 2022年5月1日発行より